御見舞に行った聾殿

 

 
 ある(うち)で馬鹿な婿殿を貰った。

親類の家の
建築(たてまい)のお祝に、其の婿殿がお客に招ばれたので、

母親が気を
()かして、「()ず向うへ行ったら、

新しい見事な
普請(ふしん) だと云って()めた上で、

戸か何かに節の穴があったら、
御家内(ごかない)の皆々様、

此の穴の
(とこ)へ秋葉様のお(ふだ)をお()りなんしょと云え」と教えてやった。

 婿殿は母親に教わった通り、向うの(うち)へ行って、

「結構な御普請だ」と賞めて、そうしてうまく戸の節の穴を
発見(めっけ)て、

「惜しい
(とこ)に穴があるで、此処へ秋葉様のお札をお貼りなんしょ」と云ふと其の(うち)の人たちは、

其の婿殿を「よく気が
()いたもんだ」と云って賞めた。

 すると間もなくお隣の(うち)の馬が谷へ落ちて死んだ。

その
御見舞(おんまい)に行く時に、又母親が気を利かして教えてやることに

「こちら様では馬が落ちて死になされて、まことにお気の毒な

 と云って馬の片脚を上げて見て さも見事な肉附きだに、

勿体(もったい)ない事をしました」と云えと教えてやった。

婿殿がお隣へ行って、教わった通りに御見舞(おんまい)を云ったら、

彼所(あそこ)の婿殿は馬鹿所(ばかどころ)か仲々悧巧(りこう)な者だ」と

云って
(みんな)の衆に賞められた。

そこで其の婿殿の思う事に、「ハハア成る程、他家(よそ)

御見舞(おんまい)に行ったら、何時(いつ)でもああ云う風に云えばいいんだなア」

独り合点(ひとりがってん)をして居った。

そのうちに近所のお婆さんが死んだ。

婿殿が「御見舞(おんまい)に行って来ず」と云うと、

母親が「お前行って呉れるか、それじゃあ」と云って、

御見舞(おんまい)の言葉を教えかかったので、

婿殿は「もう知っとる 知っとる」と云ってサツサと出掛けて行った。

そして其の(うち)へ行って、死んだお婆さんの側へ寄って

「此れは見事な肉附きだが
勿体(もったい)ない事を致しました」

と云って、手を伸ばして片足を持ち上げて「惜しい所に穴があるで、

此所へは秋葉様のお札でもお貼りなんしょ」と云ったので、

馬鹿婿の正体が
(あら)われて(みんな)の衆に笑われた。

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