狼を助けた話 |
昔ある所に一人のとても強い人があった。
或る夜急な用が出来て、其の人は峠を越して向うの村へ行かんならん事になった。
大へんに暗い夜で、おまけに大きな木の繁った、気味の悪い峠で、
昼間でも怖いような所を一人で平気で登って行った。
そのうちに向うの方で変な音がする。
又いつもの狸の悪戯だと思いながら登って行ったが、
どうも狸のようでなく、嚊をかく様な唸り声が聞えて来る。
何だか知らんと思って、声のする方を提灯の火ですかして見ると、
一匹の狼が大きな口を開いて、首を伸ばしたり縮めたりして居る様子がどうも変だ。
飛びかかって来る様な様子も見えん。
不思議に思って其の人が側へ寄って見ると、狼は今まで立って居った前脚を
折っておじぎをする様子が何処か悪い所があって助けて貰いたいと頼んで居るらしい。
その人は強いもんで、それを見て「よしよし喉へ骨でも絡んだな、
今取ってやるぞ」と、肌を脱いで、手を狼の口ん中へ差し込んで、
絡んで居った太い鳥の骨を取ってやった
「まあまあこんな大きな骨だ、此れからは気を付けんといかんぞ」
と云うと、狼はとても嬉しそうにクンクン云いながら、ガサガサと山ん中へ入って行った。
それから幾日も経って、其の人は近所の家へこばし休めのお祝いに招ばれて
御馳走になって居ると、外で狼の大きな唸り声がする。
皆の衆は青くなってブルブル震えて居ると、その強い人は
「俺が行って見て来る」と云って戸を開けて見ると、何時か峠で
助けてやった狼が来て居って、その人の顔を見ると猫のように順しく足元へ寄って来た。
其の人が頭を撫ぜてやると喜んで其の人の手をねぶる
「こないだの事がそんねに嬉しかったのか」と云うと、狼は側に置いてあった黒いような物を
ドサンと戸へ放って置いて、又山の方へゴソゴソと行ってしまった。
よく見たらそれは一羽の大きい雉の鳥だった。
「ヤレヤレいつかのお礼に此んな物を持って来て呉れたか気の毒に」、
と云って、其の人は狼の行った方を見て居った。