山寺の坊様ズイトンの話




 
 昔或る山寺に隋頓(ずいとん)という坊様があった。

その坊様を狸が毎晩のようにかまいに来る。

 (ようさ)になって、坊様が寝ずと思って居ると、雨戸の外で

大きな声で「ズイトンは居るか」と呼ぶ。

 坊様はそれがいまいましくていまいましくて仕様がない。

どうかして(かたき)を打ってやらずと思って、

ある晩お芋や大根(だいこ)の御馳走を沢山に拵え、お酒を買って来て、

「今夜こそは狸をえらい目に遭わせてやるぞ」と待って居った。

 そうすると、いつもの時分になったと思う頃、雨戸の外で

 「ズイトンは居るか」と呼ぶ、

 坊様は家の中で「ウン居るぞ」と狸に負けんような大きな声を出して返事をする、

 「ズイトン居るか」

 「ウン居るぞ」

 「ズイトン居るか」

 「ウン居るぞ」

 狸も坊様に負けんように大きな声を出して呼ぶ。

 坊様は御馳走を食べてお酒を飲んで元気をつけて、

狸よりまっと大きい声で「ウン、居るぞ」と云う。

 「ズイトン居るか」

 「ウン居るぞ」

 「ズイトン居るか」

 「ウン居るぞ」

 そのうちに狸の方はだんだんに元気が悪るくなって、

声がだんだん小さくなっていく、

 「ズイトン居るか」もうひょろひょろした様な声になると、

坊様の方はお酒を飲んで御馳走を食べて、大きな声で

 「ウン居るぞ」(大きな声)

 「ズイトン居るか」(小さな声)

 「ウン居るぞ」

 「ズイトン居るか」(次第に小さい弱々しい声になる)

 「ウン居るぞ」(だんだん大きく力の強い声を出す)

 おしましいに狸の方で「ズイトンぐにゃぐにゃぐにゃ」と

糸の切れるような小さな声で、もう後が解らんようになった。

 「ウン居るぞ」

坊様の方は家の中で相変わらず大きな声を出して居る。

 そのうちに、もう狸の声が聞こえんようになったので、

坊様はしめたと思って其のままぐうぐう寝てしまった。

 明くる朝、早く戸を開けて見ると大きな狸が腹の皮を叩き破って死んで居った。

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