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アイガー(3970m)ミッテルレギ山稜より
グリンデルワルトを訪れた者は、誰もアイガー北壁の圧倒的迫力に感嘆しない者はないだろう。そして山登りを目指す者なら、あの頂に是非立ちたいという衝動にかられることだろう。
8月4日午後、アイゲノルドのキャンプ場を出て、グリンデルワルト・グルント駅からアイガーへ向かう。登山電車の車窓からの眺めは夢のような景色だ。シャモニもよかったが、ここの方が牧歌的雰囲気において勝ると思う。特にクライネシャイデックのあたりがすばらしい。東にアイガー、メンヒ、ユングフラウ西には遠くミューレンの村々とシルトホルンの山々、目の前は高山植物が咲き乱れ、牛が草を食んでいる。アイガーグレッチャー駅からユングフラウヨッホまではすべてトンネルの中、アイガーの山腹をくりぬいて作られている。従って運賃は非常に高い。往復で一万円ちかくもする。途中アイガーヴァンドの駅からは岩が穿たれてあってグリンデルワルトの谷が望まれるようになっている。夜、テント場からアイガーの中腹に見えた灯はこの駅のものだったのだ。終点ヨッホの一つ手前のアイスメーア駅で降りる。ここも岸壁の中、車掌に聞いてきたのであるが、降り口がわからない。あっちへうろうろ、こっちへウロウロ、仕方なくもう一度聞く。古びた鉄格子の扉を開け、木戸を押すと強く冷たい風がさっと吹き付ける。足下の階段は一面の氷でテカテカ、40mの下りはずっと氷が張っていた。こんなことなら始めからアイゼンをつければよかったのであるが、どこまで氷がついているかわからないので必死に手すりにしがみついて滑りながら下っていった。
トンネルを出れば、そこは別世界。高い嶺峰にとり囲まれた広い氷河の谷、一面雪に覆われ、トンネルを抜けた眼に眩しい。ものの気配は全く感じられず、静寂だけが支配する別天地である。一瞬時間が止まってしまったような静けさに身がひきしまる。左手前方の稜線の端にポツンと小屋が建ってる。あれがこれから行くミッテルレギの小屋だ。アイゼンを着けて足跡をたどり雪の斜面をトラバースする。午後の日差しで雪がくさり団子になる。暑い日差しで雪が溶けて瀧となって流れ落ちているところもある。今年は雪が少ないということで雪崩の危険は感じなかった。一時間ほどで小屋の下の岩場に着く。遠くからはよくわかった小屋も岸壁に取り付くと何処かわからず、方向を見失いがちになる。時々落ちているビンの破片やシュリンゲがほっとさせる。3級の下くらいのところを200mほど登って小屋の直下に出る。ここからは針金があってそれに導かれて登ればガイド専用のアルミ屋根の小屋に着く。その左側に槇氏の建てた小屋がある。上に着いてわかったのだが、小屋の前、自分の登ったところより少し南側にジグザグのよい道があった。さらにガイド達はそれよりのもっと南側から岩場をトラバースして来る。雪渓のどこからとりついたのだろう。足跡は他所にはなかったはずだが。
小屋は板囲いのこぢんまりとしていて、とても感じがよい。10人前後が二段に泊まれるようになっている。土間にはストーヴ、炊事用具、机と椅子があり、壁には槇氏の若き日の写真が飾ってあった。水は近くの雪渓へアルミ缶をを背負ってとってきて、ストーヴの上で溶かして作る。料金は小屋代15フラン、薪代2フラン、ロープ使用料3フランで厚い台帳があり、これに記入し、封筒に入れて投函するのである。
ミッテルレギ山稜はグリンデルワルトから眺めるとなだらかに見えるが、小屋から見上げるとツルムが重なり、槍先が林立しているように見える。「えー、あんなところに登るの!」という感じで、明日の山行を考えると身の締まる緊張を覚えた。
朝3時に出るつもりだったが、同宿の西欧人達はいっこうに起きる気配がない。やっと隣の小屋のガイド達が起き出したので、ついに我慢できずに起きて準備をした。ガサゴソ音を立てるので、隣の青年が起きて時計を見て、まだ4時かという。うるさそうな顔をしてまた寝てしまった。5時10分に出発。先行のガイドの2パーティのライトが遠くに見える。ルートは細い稜線伝いに行くので迷う事はほとんどない。両側がスパット切れていて高度感満点!6時過ぎると明るくなり、下の谷がうっすらと見えてきて腰のあたりがモゾモゾするほど緊張した。岩は刃先のように鋭くとがっていて手袋はすぐ破れ、やっと治った指先から血が吹き出した。明るくなってから出発した西欧人達のパーティがどんどん追い越していく。やはり体力が違う。ヨーロッパの山をやるにはスピーディーに岩をこなす技術と体力が必要であることを痛感させられた。3級の岩場をどんどん行く。ピンは一本もないので、すべてフリーでのぼる。ときどき厳しいところがあるが、ホールドがしっかりしているので恐怖感はなかった。一時間半ほどいくと、いよいよフィックスロープがあらわれる。ここからはロープ使用で3級の上。200mにわたってロープが続く。あまりロープに頼りすぎると腕が疲れるので、できるだけ使わないように登った。頭の中で「慎重に、慎重に」と反芻しながらよじ登った。上に行くにしたがって息切れが激しい。頂上近くなって、やっと雪が現れた。今年はほんとに雪が少ない。労山の人達はアイゼンを着けたと言っていたが、自分たちは着けずに行った。北壁側はカリカリの急斜面、ピッケルを使って慎重にトレースをたどる。小屋を出て3時間35分、ついに頂上に立った。休んでいる先行のパーティと挨拶を交わし、ガイドにこれから行く南東稜の様子を聴いた。この日も天気は快晴。ヨーロッパでは5つのピークを踏んだが、いずれも快晴で雲一つなくすばらしい眺望を楽しめた。ベルナーオーバーランドの山々が大パノラマを提供してくれた。グリンデルワルトの谷のテント場は、ようやく日が射しはじめたところだ。30分休んで9時頃南東稜を下った。南アイガーとの鞍部の手前で20mのアップザイレンを二回繰り返して雪田に下りた。少し行ったところがカチカチの氷で危険であったのでアイゼンを着けて鞍部へ下りて、南アイガーへ登り返した。途中一カ所厳しいところがあり、ザイルで確保した。メンヒのコルに近づくと雪が多くなり雪原になる。予定ではメンヒに登るつもりであったが、疲れていたし、あまり面白そうになかったので横に捲いてオーバーメンヒヨッホの小屋へ下ることにした。メンヒの小屋へは日本人の観光客が普通の革靴で来ていた。ユングフラウヨッホまで雪上車で広い道が整備されているのだ。だらだらの広い雪原を快調に飛ばしてヨッホに出た。正面にユングフラウフィルン、右手にユンフルラウが迎えてくれた。展望食堂でかなり高い食事をして山行を終えた。