宇迦之御魂神
 「お稲荷様のキツネ」

インターネットというものは便利なものでして、
知らない事に出くわしますと、すぐ調べる事が出来ます。
でまぁ「お稲荷さんのキツネ」というものに当たりまして、
基本的には石のキツネですから、野生動物云々とは違いますが、、、。
少し長くなりますので、時間のない方は飛ばして頂いた方よろしいかと思います。

お稲荷さんには、狛犬ならぬ狛狐がいらっしゃる。
本当は狛狐ではなく、ただ「キツネ」とか「おキツネさま」で良いのですが、
この「おキツネさま」、時々首に何か巻いておられるんですが、
本来はキツネのあるがままの姿で神様に使えておりますから、首に何か巻かなくてもいいのです。
でも、お祈りする人間の側と致しますと、
神様の使いとして威厳を持って頂くよう「注連縄」などを巻いて頂いている訳です。
石を彫るときに「注連縄」を一緒に彫ってあるもの、また毎年「縄」を新調して巻いてあるものいろいろです。

また「赤いよだれかけ」もございますが、「赤いよだれかけ」と言いますと、お地蔵さまが有名です。
幼くして亡くなった我が子への思いを、身近な神仏へ託そうとした親の気持のようなものだと思います。
お地蔵様意外にも、道祖神、石神様にも見られますから、
家のすぐ近く、声をかければ聞こえそうな神様に、お祈りしていたのでございましょう。

お菓子など滅多に手に入らない昔は、芋の煮転がしのようなものを供え、
石仏、石神様に「赤いよだれかけ」を掛けて、賽の河原にいる我が子がひもじくないように、
きっと芋を届けてくれるように、祈ったのでしょう。

おキツネ様が使えておりますのは「宇迦之御魂神」。
食べ物の神様でありまして、全国に広くございます。
「宇迦之御魂神」のお使いとしてのキツネですから、
「賽の河原まではひとっ飛び」「きっと子供の所へ届けて下さる」と言う、親の思いが強かったのかも知れません。
初めて「赤いよだれかけ」を掛けられたキツネは驚いたでしょうが、
意外と似合っていたものですから張り切って走ったんですねぇきっと。

そして今回、分かった事が有りまして、お稲荷さんの祠の裏にはなんと、
キツネが入って休息できるように「キツネ穴」があいているのでございます。
最近では形式だけで、10円玉ぐらいの穴しか開いていない物も有りまして、
鼻の頭を突っ込んで抜けなくなったりします。
が、言い伝えを守っている地方の祠の穴は大丈夫。大き過ぎず小さ過ぎず。潜り込むのに丁度良い。
たとえば、お供え物の油揚げを食べようと思ったら、人が近づいて来た、、、、
その時キツネは祠の下に身を隠しまして、新しい油揚げの匂いを嗅ぎながら、権兵衛さんの願い事を聞いていたりする。
また、夜、遠出して朝までに巣穴に帰れない時などは、静かに身を丸め、子供たちの数え歌など聞いていたのでしょう。

もう一つ分かった事が有りまして、、、キツネの尻尾、、、
キツネの尻尾は何本有るかと言いますと、、、九本。
普段は八本を隠して暮らしている訳です、が、、
「大きくて毛並みも言い、」「色が良いし艶もある、」
こんな尻尾を自慢したくてしょうがないキツネがおりまして、
こういうキツネは性が悪いから「化け」とか「妖怪」になります。
でも、たいがいのキツネはちゃんと八本の尻尾を隠して、暮らしているわけでございます。
その方が人間と付き合うには都合が好い訳で、祠の穴にも入りやすいのです。

昔、信濃の国。
天竜川を見下ろす伊那谷の時又村でのお話でございます。

時又村の丘の上には鎮守の神様が祭られています。
八王子神社と呼ばれて、須佐之男命の八人のお子様たちを御祀りしております。
川を見下ろすその鎮守の丘の中程には、お稲荷さんが有りまして、赤い鳥居が三っほど立っております。
大きくは無いものの、きちんと掃除された祠が有りまして、新しい油揚げが供えてございます。
この祠の番犬ならぬ、番狐をしておりますのが「ツネ吉」と申しまして、
まあ、村人が可愛がって、かってにそう呼んでいるのですが、
本人もポチと呼ばれるよりはまし、と黙認している次第でありまして、、。

昨夜はよそ者のクマが村の近くまでやって来まして、
そのクマが悪さをしないか一晩中見張っておりましたから、獣のキツネといえど眠い。
幸い明け方にはクマは帰って行きましたので、供えてあった油揚げをペロリと平らげますと、
一安心して祠の中に潜り込み、これからちょっと一寝入りと決め込んだ「ツネ吉」でございます。

そんな時、おヨネさんがやってまいりました。
このおヨネさん、タイチという男の子を亡くしたばかり、
もうすぐ五つに成るから、お祝いでもしようかと思っていた矢先に、
鎮守の石垣から落っこちまして男の子は敢え無く他界、、、
おヨネさん、ご飯も通らないくらいに臥せっていた筈でございますが、、、
さて、そのおヨネさん、膝をついて荷物を置くと、手を二つ叩く。そしてしっかと手を合わせます。

「お稲荷様、お稲荷様、お願いに来たんだに。このおヨネの為に、「ツネ吉」をお借りしたいんであります。」
当の「ツネ吉」、感の良いキツネでして、言いたい事が薄々分かりました。
目は閉じたまま、前足にあごをのせて動きません。

「うちのタイチが逝っちまって、七日が過ぎたんだけど。そろそろ賽の河原に着いたと思うんだに。
 七日は何も食べずにおったはずだし、今頃石を積んどるはずだで。きっとひもじいに違いない。
 うちは貧乏で、砂糖菓子なんかは買えんのだけど、
 親孝行というか都合良くというか、あの子は砂糖菓子より芋の方が好きだもんで、
 口に入るような小さい芋を選って煮転がしたんな。
 悪くなるといけないから、ちょっと長く煮たもんで、焦げちまったけど、、、」

持って来た荷を解くと、お椀に一杯の芋が入っています。
「瀬戸もんだと割れるといかんと思って、亭主のお椀に入れて来たんだけど、
 もしなんだったらお椀さら持てってもらってもいいんだわ。
 亭主には柏の葉っぱで我慢してもらうで、、、、
 そのかわりに、「ツネ吉」が、いや「ツネ吉」様が、うちのイワナの一夜干し、盗ったの許すで、
 隣のミケだって亭主は言うんだけど、吊るしてあった麻紐まできれいに噛み切ってあったに、
 ミケはもう年だで、麻紐は噛み切れんに、私にはすぐに分かったけど、無かった事にするで、
 、、、、、、、、、、、、、
 あの子、きっと、自分が早く死んじまったもんで、親不孝もんになっちまったって思っとる。
 でも、そんな事は無いんだに。、、、「ツネ吉」様、タイチに言ってやてほしいんな、、、
 ぁんな、タイチが生まれてから、ずっと楽しかった。幸せだったんな。
 とってもとっても良い思い出が、たくさんたくさん残っとって、、、だもんで母ちゃんは大丈夫。
 タイチの事は忘れんし、大好きだし、これからもちゃんと生きて行ける。、、母ちゃんは大丈夫。
 、、、、、、、、、、、、、
 だで、タイチも泣かんように頑張って、、、盆正月は幽霊になって帰ってこい、待っとるでな。
 そうあの子に言ってやって欲しいんだに、、、伝えてほしいんだに、、、」

しばらくの静かな時間が過ぎまして、おヨネさん、もう一度手を合わせました。
芋のお椀を祠の前において、小さく頭を下げると帰ってまいります。

さて、ここの祠、小さいもんですから宮に付き物の鈴がございません。
鈴があれば、お参りに来た者が鈴を鳴らしますから、神様にもすぐ分かります。
カランコロンと鳴れば、神様が急いで駆けつけてくれるのですが、
鈴が無いから仕方ない、誰か来た時には「ツネ吉」がサッーと神様を呼びに行く訳です。
だからもしこの土地を離れるとなると、神様のお許しを頂かなければいけません。

おヨネさんの足音が遠く聞こえなくなりますと、「ツネ吉」の目が薄く開きまして、大きなあくびを一つ。
「、、、仕方ない、神様に挨拶に行って来るか、、、、」
と、そこへ、、、
「ツネ吉、いくのか、、、」と、神様の声。
「なんだ、神様いたのかい、」
「いたのかい、は無いだろう。私はここの主だからいても不思議じゃない。」
「そりゃそうだ、、、、そう言う訳で、眠いけど、行くわ。留守にします。」
「気をつけて行けよ、明日の朝まででいいから、慌てるな。、、きっと帰ってこいよ。」
まるで長旅のようないい方ですが、キツネにとってはひとっ飛び、よけいなお世話と言いたいところを、
「ツネ吉」は小さくうなづきまして祠を出ます。

さて芋ですが、
持って行っても良いと言われたものの、お椀のままではかさ張りますから、近くのフキの葉を採りまして、
お椀から芋を移します。巾着のように葉を絞り、口を留めますと、フッと息を掛けます。
するとそのフキの巾着袋が、背中の毛の中に、煙のようにとけ込んでしまいました。
どんなキツネでも少しは妖術を使えるものでして、まさか風呂敷包みを背負っては走らない。
でもまぁ、それではイメージが湧かないと言うのであれば、風呂敷にいたしましょう。
フキの葉に息を吹きかけると、一枚の風呂敷に変わります。
芋をもう一枚のフキの葉に包んで、風呂敷で首にくくり付けますと大きなあくびを一つ「ん〜ねむい。」
参考に申し上げておきますが、日本のキツネは人情に弱い。「ツネ吉」は眠くてもまいります。

どこに賽の河原が有るのかは、諸説はあってもはっきり致しません。
キツネにとって瞬き一つでございますが、
人間が行くには困難の山、遥かに雲の彼方でございます。

黒い雲がそらを覆いまして、いつ雨が降ってもおかしくはないような空、
遠くに三途の川が油のように音も無く流れ、そこまで遥かに続く石の河原。
よく地蔵和讃などが歌われているように語られますが、実際には恐ろしくなるほど静かなもので、
石を積むコツコツという音と、石が崩れるガラガラという音しか聞こえてはまいりません。

数えきれないほどの子供が石を積上げております。気の抜けた小さな眼が石だけを見つめております。
子供5、6人に一匹の鬼が付いて見張っておりまして、時折、金棒で石の山をわざと崩しては、小さく笑っております。
せっかく積んだ石が崩されても、子供たちは泣く事も無く、黙々とまた石を積み始めるのでございます。

「いつ来ても陰気なところだね。こっちの気まで吸われちまいそうだ。
 えーと、時又村のタイチはどこだっと、、、おヨネさんに似て丸くて元気そうだったのに、
 ヤンカが過ぎたんだな、鎮守の石垣から飛び降りちまって、五つの子じゃ無理に決まってら。
 タイチーー!、時又村のタイチはどこだーー、っといけね、大きい声は禁物でした。
 、、、おおっいたいた、まんじゅうのようなほっぺたはタイチだ、間違いない。
 タイチを入れて子供が五人。一生懸命石を積んでやがる、、、
 あの赤鬼が見張りだな、退屈そうにしてやがる。金棒で耳の穴をほじっくってやがって、、、
 でっかい耳の穴だね、向こうの山が見えそうじゃないか、、おっと、しーーーっ、、」
「ツネ吉」は静かに赤鬼の足下へ近づきます。鬼は気づかぬふりで耳をほじり続ております。
「赤鬼さま、赤鬼さま、お願いを申し上げます。、、、、、
 なんでぇ、聞こえないふりか?、、、、、
 赤鬼さま、謹んで、お願いを申し上げます。お聞きくださいませ、、、」
「時又村のツネ吉、聞いてやろう、申せ。」
面倒くさそうに足下を見下ろしますと、金棒を「ツネ吉」の目の前にどすんと突きました。
「なんだ知ってんじゃネェか、こっちだって神様の使いなんだ、偉そうに、、、おっと、我慢我慢。
 時又村のタイチに、お声掛けをお許しくださいませ。」
「ダメだ、とは言わん。ダメだ、とは言わんが、分かっておるな。」
「分かっております。」

鬼の許しの無いまま、子供に声をかけますと、鬼の見張っている5、6人の子供全員が、
そのまま地獄へ送られてしまいます。
地獄へ送られたら、幽霊になる事も成仏する事も、まま成りません。

地獄の沙汰も何とやら、と言いますが、犀の河原にも通用するものがございます。
キツネには九本の尻尾がありまして、キツネの妖術の源に成っております。
この尻尾、一本、鬼が食べますと百年は寿命が延びるという代物。
キツネの尻尾一本と引き換えに、お声掛けを許して頂くと言うのが暗黙の了解。

「分かっております。」
そう答えた「ツネ吉」、全身の気をお尻に集めますと、ブルンと尻尾を振りました、
するとそれまで隠れておりました八本の尻尾が、「ボーン」白い煙と化した妖気と共に現れます。
「おーおー!、、、、おっ???。おい、尻尾が二本しかないぞ。」
「自分の尻尾だ、分かってらい。」
「ではツネ吉、覚悟して来たか!?」
「キツネは大和の守り!。全て承知。赤鬼さまに差し上げもーす。」
「この一本、ワシが食らわば最後、お前はただのキツネ。いいのだな、、、」
「おヨネさんにはだいぶ世話になったから、これが最後で切りが良いやい。」
「黄泉の世の「キツネの橋渡し」が決まりとはいえ、賽の河原に八度も来たか、、、、、、
 ツネ吉、子供が好きか?、、、嫁さんはいるのか?、、、、」
「なんでぇ、鬼に心配してもらったってしょうがない、それとも赤鬼さん、嫁の世話でもしてくれるのかい?」
「あ、、いや、そりゃ無理だ。、、、長い間、ご苦労であったな、では、、」
赤鬼はそういうと、「ツネ吉」の尻尾の一本をつまむと、くいっと引き抜いて口の中へ、
「いてぇな、そっとやってくれよな。、、、じゃ、声掛けさせてもらいますよ、、」
鬼の足下を離れますと、子供たちの方へ向かいます。

「タイチ、時又村のタイチ。キツネの声を聞け!」
気を込めた「ツネ吉」の声が響きます。
すると、タイチの目に生気が戻って参ります。瞬き、目をこすり、「ツネ吉」の目と目が合いますと、
「稲荷のキツネ、、?」小さい口からはっきりと聞こえました。
「お稲荷さんのキツネが来た、、、?」
「タイチ、よく聞け、母ちゃんから、言付けを預かって来た。母ちゃんの言ったまんま言うから、
 そのまんま聞くんだぞ、、、、、、、、、、、、
 『ぁんな、タイチが生まれてから、ずっと楽しかった。幸せだったんな。
 とってもとってもきれいな思い出が、たくさんたくさん残っとって、、、だもんで母ちゃんは大丈夫。
 タイチの事は忘れんし、大好きだし、これからもちゃんと生きて行ける。、、母ちゃんは大丈夫。
 、、、、、、、、、、、、、
 だで、タイチも泣かんように頑張って、、、盆正月は幽霊になって帰ってこい、待っとるでな。』
そう、母ちゃんは言っとった。
 、、、それから、これ、芋預かって来た。いいかタイチ、一人で食べちゃダメだ。
 これは、稲荷のキツネからの言い付けだ。ここにいる五人で分けて食うんだぞ。
 一人で食べちゃダメだぞ。、、じゃ、キツネはもう行くから、ちゃんと食べるんだぞ。」
タイチは何も言いません、が、その力強く見開いたマナコから、大きな涙の粒が一つ二つとこぼれてまいります、

少し離れたところに赤鬼が座っております。その脇を抜けて「ツネ吉」が帰ろうといたしますと、
「神様は知っているのか、、、祠へ帰るのか、、、」
「神様は、言わなくたって分かってらい、しばらくはあそこに置いてくれるさ。
 それとも、早い事嫁さん見つけて、さっさと山の穴にでも引っ越すかな、、、」
「もう少し居て、タイチと話しをしていてもいいもいいんだぞ、ここを出ればただのキツネ、、、」
「もういい。タイチは大丈夫。おヨネさんも大丈夫。おいらも、大丈夫。
 キツネはキツネ。変わりゃしないさ、、、」

そう言って歩き始めます。広い河原の端まで来ますと、その向こうには草っ原が広がっております。
そこから先は神の国。黄泉の世界との境目でございます。
意を決して飛ぼうとしておりますと「ツネ吉!」、遠く後ろから赤鬼の声、
「ツネ吉!もう、お前とも会えないなあ、気をつけてな、、、」
「ツネ吉」は黄泉との境を一気に飛び越えながら、
「もう、ここへは、、、コン!」

「ツネ吉」最後の旅、お後がよろしい、、、かどうか、、、、