Native American 2002.04.16

そういえば、ずっと書いていないテーマが有りました。
リンクのページを覗いてみた方はお気付きでしょうが、インディアンに付いてです。
今日は少しだけ書いてみます。

インディアン。この呼び方が適当で無いと思われる人がいらっしゃるかも知れません。
「ネイティブアメリカン」今、この呼び方に時々出会います。

一時期、 インディアンと言う呼び方が適当で無いという活動が有りました。
それはインディアンの人権活動の一環でした。
「コロンブスが勘違いしたおかげで、なんで「インド人」と呼ばれなければならないのか。」
その声はインディアンの中でも、白人の中でも起こりました。
そして「ネイティブアメリカン」と言う呼び方が産まれました。

でも今では 「インディアン」を受け入れているのが現状です。
たとえそれが間違っていたとしても、その間違った歴史を正面から受け止める形で、
彼等は「インディアン」と自分達のことを呼びます。
もし、日本風に言うとすれば、
ネイティブ北海道=(北海道に元々住んでいた人)アイヌ人??
ネイティブ沖縄= (沖縄に元々住んでいた人)うちなんちゅ= 琉球人
アメリカに元々住んでいた人、、、、
そんなふうに呼ばれるよりももっと、自分達を表現している言葉が「インディアン」なのでしょう。
今の呼び方で構わない。それは、現実を受け止めた結論かもしれません。

侵略と略奪は、それぞれの国に歴史が有り、多分、多くの先進国が 経験した発展への踏み石です。
ただ、その歴史が、文献や文字、画像として確認できる事はは多く有りません。
「インディアン」に付いての記述が、割と多く残されているのは、まれな事でしょうし、
記述が残されているのは、ここ200年程の事ですし、
人権に対する考え方が確立されて来たからこそ、残された記録かもしれません。
それは、インディアンだけで無く、多くの民族のたどった歴史を見るのと同じ事だと思います。
インディアンに対する偏見、差別は、今でも残っています。

インディアン を背景に 、人権や差別の話をするつもりはありませんが、事実は考えようと思います。
それよりも、インディアン を背景に話したいのは、自然と共に生きることです。
とても難しい事だと思いますが、少しづつ考えたいと思います。
幸い、素敵な写真家さんが(毒を持っていますが)何人かいらっしゃいます。

「地球を守る」のではなく、「自然に生かされて」いる。
「自然を守る」のでは無く、 「水に生かされて」いる。
人間がどんなに地球を汚しても、二酸化炭素を増やしても、オゾンを破壊しても、
地球はびくともしません。長い時間の中で、地球はもう経験しているからです。
困るのは地球ではなく、人間です。

私が良く言う言葉に、
「地球を守る」なんておこがましい、、と言うのが有ります。
地球は、人間が思うよりもしたたかな生き物です。