ボク  2002.11.30

保育園に犬がいました。
私の通っていた頃ですから、かれこれ三十?四十?数年前、
田舎でしたが、いわゆる、地方の中心地で、
小京都と言われるようなところで(大火で町が整備されたので、)
田舎の、街の子ですね。

田舎と言えど街ですから、犬は繋がれて飼われているのが普通でした。
でもその犬は繋がれていませんでした。
遠い記憶なのでハッキリしませんが、繋がれているのを見たのは1度か2度、、
とてもおとなしい、人になれたやさしい犬でした。
その頃、名犬ラッシーが流行っていましたが、
多分その前からその犬、、、コリー犬は保育園にいたはずです。
もう、けっこう年でしたから。
その保育園と私の家とは川をはさんで向かい合っていましたが、
見えるのは保育園の裏側。橋まで行って回り込むように通いました。
その川の上に市のプールが作られ、(街の中心地ですから、空いている空間は使う!)
多分それがこの街の高度成長のフラッグシップになったような気がします。
街はとても賑やかでした。と言っても、わたしゃ保育園児、、、でしたが。

保育園児に取っては大きな犬でした。馬のようにまたいで遊びました。
飛び乗る時、脚を踏んだのか、毛を強く引っ張り過ぎたのか、「イタイじゃないか、」
と、歯をむき出して振り落とされた事もありました。
でも、その犬は保育園の主であり、子供達の友達でした。

その犬は私になついていました、、いや、私の祖母になついていたのかな、、、。
繋がれていないその犬は、よく家に遊びに来ました。
玄関先で甘えると、「お婆ちゃん」が何かおかしを与え、暗くなるまで静かに伏せていました。
私の家の前は小さな路地で、私を含めた子供達が遊んだり通り過ぎて行きます。
家の前に伏した犬は、私の自慢でしたし、時には私達みんなの友達でした。

犬の 名前は「ボク」と言いました。

小学校へ私が入ると、「ボク」と会う事がなくなりました。
帰ってくると、もう「ボク」は保育園へ帰ってしまった後なのです。
学校で遊ぶようになった子供達は、「ボク」の居る路地で遊ぶ事は少ないのです。
土曜日や日曜日は、わりとみんな居るのですが、「ボク」が来ないのです。

だいたい子どもにとって小学校と云うところは、楽しい所だったと思います 。
不安と期待、良く分からない勉強、でもそこに行けば友達がいて、
テレビやマンガの話をして、雪が降ったら「滑ろうぜ!」
祭りの季節には「今度は権現様だ!」「今宮だ!」、、、、、
野球に、サッカー、川遊び、、、、、
そう、子どもはけっこう忙しいんですね。忘れる事は子どもの特権かも知れません。

「ボク」が死に場所に決めたのは、私の家の前の、いつもの玄関先でした。
ある日、学校から帰ると「お婆ちゃんが」言いました。
「ボクはね、帰ってくるのを待っとんたんだよ、、」
「家の前で、死んじゃった。」

孫が来年から保育園です。良い出合いがありますように、、、、、、、、、