百済、新羅  2009.05.18


最近は学校という場所と縁遠くなりまして、
簡単な計算のやり方も昔とは違うんだな、と思う事がありまして、、、。
で、最近知った事ですが、「百済」を「ひゃくさい」と読むのだそうです。

確かに、言葉というのは時代の流れに乗っているところもあり、
変化するのはやむを得ないところでもあります。
でも、その変化が時代の流れを感じさせてくれる事もあり、
地名の読み方の多様さをどこかで伝えていってほしいと思います。

たとえば日本。
「やまと」というと、昔の奈良県あたりを指す「大和国」を思い浮かべるのと同時に、
「倭」あるいは「大倭」を思いだす人もいるでしょう。
古代、日本は「やまと」と呼ばれていました。
あたり前ですが、「倭」は本来でしたら「やまと」とは読みません。
「古代やまと」に対して、中国漢字の「倭」を当てたのですが、
中国との関係から長い間「倭」を使っていました。
やがて「やまと=大倭」「やまと=大和」「やまと=日本」と呼ばれる事になります。
(おおざっぱな説明で、お許しください。)
そして「にほん=日本」あるいは「にっぽん」となって、現在に至っています。
学校では「日本」は「日本=にっぽん」としか教えていないのでしょうが、
「倭」も「大和」も、どこかで伝えて欲しいものです。
「日本武尊」も、読めなくなったら悲しいですね。

「新羅=しんら」「百済=ひゃくさい」
子供たちに教えるには、分かり安い「日本読み」の読み方を選んでいるのでしょうが、
「しらぎ」「くだら」と読むのも「日本の読み方」として教えてほしいです。
それ自体が、朝鮮半島と日本列島の歴史を振り返るための、大切なきっかけになるのでしょうし、
言葉が持っているはずの、時間の長さを感じる事が出来るのだと思うのです。

「やまと」は日本の歴史を残している言葉だと思っています。
歴史や日本書紀を習うのに、「ひゃくさい」は気が抜けそうです。