〜飯田日中友好協会が主催又は推薦する公演、学習会、講演会等のお知らせ〜
  飯田日中友好協会
  イベント情報

    

  残留孤児の父:山本慈昭「望郷の鐘」映画をみよう

山本慈昭ゆかりの地、阿智村で地域を上げて応援中!

映画の内容は下記の通りです。

満蒙開拓団の歴史 
原作(原作本:しなの書房)・脚本:和田 登『望郷の鐘』映画化監督:山田 火砂子 制作:(株)現代ぷろだくしょん


映画館での上映のほか、自主上映による鑑賞ができます。

 

製作意図
 三浦綾子原作の『母』という、小林多喜二とその母の話の映画化権を頂いて、この作品を先に撮影するつもりでした。しかし 今、日本は秘密保護法案を成立させ、だんだんおかしくなってきています。戦前に報道規制によって中国での真実は知らされず、満州はユートピアだと言われ大勢の民間人が中国大陸に向かいました。昭和二十年三月十日の東京大空襲以後、東京他、都市という都市は空襲によって壊滅状態となり、八月には広島・長崎へ原子爆弾を落とされて、日本は敗戦を迎えました。なのにその昭和二十年五月一日長野県より、東京は六月末に、その他の県からも中国大陸の東北部の満州に疎開と称して出かけて行ったのです。額されるという事は、恐ろしい事です。満州に行けば平和が待つているという話に乗せられて出かけていきました。その行った方々のほとんどは帰れなくなり、帰れないか死ぬために出かけていく…知っていたら行く人はいません。福島の原発も絶対安全だと言っていますが、本当に安全なのでしょうか?原発は、安全だと信じたのよ。と言って、五十年後にやっぱり嘘だつたのねとならないようにと願いたいと思います。又「遠くの親戚より近くの他人」という言葉が昔からあるように、近くの中国とは仲良くして頂きたいと思い、この映画を製作致します。親と子で、仲良く見ていただけるような映画を作りたく思っています。平和ボケと言われても、平和を厳ってこの作品を作ります。映画製作の基金の為に、協力券や以前に作ったDVDを販売しております。ご協力をお顔い致します。                           監督 山田 火砂子 
 
あらすじ
 中国残留日本人孤児は、日本政府が発動した中国侵略戦争の最大の被害者です。敗戦後、肉親と生き別れや死に別れとなりました。九死に一生を得る人生に遭遇しました人も肉親に会いたい、祖国への思いの中で四十数年の月日がたってしまいました。日本改府は無情にもこの人達を見捨てる政策をとり、死亡宣告までしたのでした。一九七二年、日中の国交が回復した時、政府は直ちに孤児の肉親捜し、帰国手続きをしませんでした。その中で必死に肉親捜しの運動をした山本慈昭さん。慈昭さん自身も満蒙開拓団長野県阿智豪開拓団の一員として出かけ、敗戦の日シベリア送りとなり抑留された後に、日本に帰り着くと妻子は満州の地で亡くなった事を知る。ところが、娘の一人が生きているらしいと知り、最初は自分の子供を探していたが、多くの孤児の人達に出会い、他人の子供の事もと考え始める。この映画は開拓団の苦悩と孤児の帰国運動に生涯を捧げた山本慈昭さんのおはなしです。

         

     劇映画『望郷の鐘』に関する細かな点については
       下記へお問い合わせについて




  現代ぶろだくしょんホームページまたは、
    下記までお問い合わせください。

    TEL:03-5332-3991 FAX:03-5332-3992

問い合わせは、満蒙開拓平和記念館(0265−43−5580)または飯田日中友好協会(080-4440-2937)へ

        


     

 

(過去の飯田日中友好協会企画のイベント結果)
〜中国帰国者支援シンポジウム〜
中国帰国者支援への理解を深めるつどい盛会に開催出来ました。
(結果のまとめ)


〈日本に帰って良かった・やはり祖国は暖かい〉という安心を!
第一部 講演会 講師 下平 秀弘 (中国残留孤児国家賠償訴訟長野県弁護団長)
        テーマ 「中国帰国者「新支援法」の理解を深めるために」
(要旨)
 テーマの内容にそって「政策形成訴訟〜中国残留孤児はなぜ国を訴えたか。」の第7章「新たな支援策の概要・課題・評価(278P〜318P)」を資料に約50分にわたり、下平弁護士から講義。
 あらためて市町村担当者、社会福祉協議会担当者、支援団体等が経過内容を学んだ。なお、質問などについてはこのあとの「パネルディスカッション」の中で行い、講演会では講義中心とした。

第二部 パネルディスカッション
        テーマ 「田下伊那における中国帰国者支援の現状と課題」
        パネラー:下平 秀弘弁護士
              :飯田保健福祉事務所福祉課長 小野 恵嗣
              :飯田市福祉事務所 福祉課長 牧野 康剛
              :NPO法人ニイハオ  所長 樋口 顕勇
             :中国帰国者連絡会 会長 牧内 春重 
         司 会 :飯田日中友好協会 事務局長 小林 勝人
(要旨)

 前段の「講演会」に続く「パネルディスヵション」は、下平弁護士を除き4名のパネラーからそれぞれの立場(現場)から「現状と課題」についての発表(報告)があり、そのあと講演会の内容の質疑、パネラーの現状報告への質疑、さらにNPO法人など帰国者の支援(世話活動)等の現場からの意見や、参加された帰国者からの苦しかった体験談の披露など、日頃の暮らしにも触れた話が出され、会場とパネラーとの活発なやりとりがあり、1時間半におよぶ熱心なディスカッションが行われた。
 これら内容と今後の課題の主なものは以下の通りであった。
1)新しい支援策3つの柱…、「国民年金の満額支給」、「支援給付」、「地域社会における生活支援」につ いて、帰国者の老後への生活保障と尊厳の回復という二つの願いが込められた制度であることを学び ました。(資料の与党PTの文書を含め)
2)この中では、新たに作られた「支援給付」の運用について、一見、生活保護と変わらない制度に見え るが、帰国者のみなさんの置かれて来た「特別の事情が広範囲に認められ、生活保護とは全く異なる制 度」であることを学び。支援現場での接する者の理解(気遣い)と運用の大切さを知った。
3)この「中国帰国者」の置かれて来た経過では、満蒙開拓とこれに続く歴史認識が非常に大切で歴史を 学ぶことが又、帰国者の皆さんといかに寄り添えるかとの問題解決に繋がると思う。また、
  県内だけでなく、全国でも一番多くの帰国者を抱える、いわばこの地域の宿命とも云える田下伊那 地方は、この最も多くの帰国者が暮らしていると言う認識が先ず大切だと思う。などの話がだされた。 今後も地域で一層多くの方々の理解を頂き、実状にあった支援事業の改善・充実をしていこう。との認 識が出来た。その一方で要望として、
4)本人以外の配偶者やその家族に対する支援への要望意見があった。具体的には、年金が出ない中国籍 の人たち(主として2,3世)ついて、残留孤児(本人)を支えてきたこと。言葉の問題を今も抱え孤 児と同じかそれ以上に苦難を共にしてきたこと。などから中国から日本に同行してきた家族についても、 帰国した時の年齢を加味(一定年齢以上)して、「一定の支援給付」が出来ないか要望がだされた。
5)二世と同居する方の支援の問題について、緩和されていると言われているが、現実には対象から外れ ている人がおり、結果として医療費等の負担等、同居家族(二世世帯)に気兼ねだ、悲しい、不公平だ とする声が聞かれ、帰国者の置かれて来た「特別の事情」への配慮とその改善が望まれるとの意見が出 されました。
  3つ目の「地域における生活支援」事業は、居住地での帰国者の安心に繋げる大事な事業であり、実 施母体が原則として、「市町村」となっていて、さらにこの事業は通訳などの家族を含んだ帰国者全体 としてトラえた支援事業であることが分かりました。
6)しかし、飯田市と泰阜村以外は「県の支援連絡会」に任せられていて、直接帰国者が暮らしている町 や村に相談する窓口の有無も含め明確な対応が分からず、高齢となっている中で気楽に病気や介護の相 談が出来ず、この先を考えると不安に思う、など多くの意見が出された。
7)このことは県日中を経て委託を受けている「飯田日中友好協会」としても直接担当(役場)窓口との相 談が出来ずに困っている。《支援連絡会を通じておこなわれている事業は、県の支援連絡会→県日中→ 地区日中となっていて、直接町村との連携がとれないため、「健康相談」や「介護や医療通訳等の派遣」 など、居住地ときめ細かなやりとりがない状態である。》
8)また、通院や介護(ケアマネージャー)の際に通訳の同行派遣がないので、是非お願いしたい。
9)上記6,7,8の現状から、「現行の県の連絡会」方式の改善策(町村ブロック単位の協議会組織等)を帰 国者や支援者を交え早急に検討して頂きたい。
10)さらに、ホームを運営するNPO法人の代表から、帰国者に合った、〈中国語で話の出来る、生活習慣 や食事などに適合した〉いわゆる中国帰国者に特化した「グループホーム」を開設したい発言があり、 こうした施設づくりについて、県や国のバックアップ体制について「現状と今後の方向」を教えて欲し いなどの要望意見がだされた。
  これらの意見要望に関して、県の出先機関であるパネラーの「田保健福祉事務所厚生課長」から「郡 部(町村)」について、飯田市に比べ支援の遅れが危惧されるとの今日の意見を踏まえ「年金や支援給 付」の現状精査と通訳派遣等町村のきめ細かな対応、さらにグループホームなどの施設整備への支援な ど検討したい旨、前向きの発言があった。

  今回のシンポジウムのまとめとして、従来ややもすると「帰国者支援」と言うと暗いイメージもあっ たが、これからは、二三世も一緒になって明るいイメージでの地域共生の理想的な社会づくりのモデル を目指すべきだとして、先ず帰国者に「関心を持つ」ことが私たちのテーマである帰国者支援活動その ものであるとの認識を新たにした。また、広く「就労対策の強化、通訳の派遣の問題」「高齢化がます ます進む中で宅老所・グループホーム等への中国帰国者の受け入れ、そのための施設づくり」そして入 所者とケアする職員を含めて、福祉施策のひとつ一つを前進させていきたい。
  中国帰国者が二、三世を含めると1300人近い人たちが暮らしている、この地域に目を向け現状に合 った長期的な「地域支援プログラム」を、二世三世を巻き込んで作り上げることが出来れば、画期的で ある。終わりに、今回のシンポジウムの実施に当たり、広く関係各位のご理解とご協力にをいただきま したことに厚く御礼を申し上げます。       (田日中ニュース221号(12月号)参照)
            
                                                                                       以上 
 
多くの皆さまのご参加をいただきありがとうございました。