婆さんに化けた山猫の話



  
 
  昔ある所に源さという魚屋があった。

或る日魚を擔いで峠を越えて、向うの村へ行く途中で、一匹の山の犬に出会った。

 山の犬は源さの擔いどる魚を見て、

「お犬さまに一本」と云う。

源さは(おそ)ろしいもんで一本やると、すぐ食べてしまって

「お犬さまに一本」と、後からついて来る。

 魚をやらんと自分が食べられそうだで又一本やった、

そうして一本一本とやるうちに、大へんあった魚を皆やってしまった。

 もう魚がなくなったと見ると、今度は山の犬は源さを(くわ)えて、山の奥での方へ飛んで行

って、柴を載せてその上へ坐って居った。 

 その中に沢山の山の犬がぞろぞろと集まって来たので、源さは愈々(おそ)ろしくなって、

側にあった高い木の枝へのして行った。

 山の犬はそれを見て、一匹一匹の背中を台にして段々高く上って来て、今にも源さの

足の(とこ)へ手が届きそうになった。

 それで源さは夢中になって、刀を抜いてスタンと斬り付けると、

今度は其の次ぎにいる奴が又手を伸ばして源さを(つら)まえっとする。

それを斬る又他の奴が来る。

何時(いつ)でもそうやって居る間に、一匹の山の犬が気が付いて

「これじゃあ仕様がないで、新道の鍛冶屋の婆さんを頼んで来まいか」と云う。

 そしてじきにその婆さんを連れて来た。

 婆さんは源さの顔を見て、にやにや笑って居ったが、そのうちにするすると其の木へ登って

来て今にも源さの足を捉まえそうになったもんで、源さは夢中になって、刀で婆さんの手をス

タンと叩き斬った。

 婆さんは斬られて

「ギャアー」と大きな声で泣きながら何処かへ逃げて行ってしまった。

 そのうちにだんだんと明るくなって来て、山の犬は皆何処かへ行ってしまったので、

源さも安心して木から下りて来た。

 木から下りた源さは、其の足で直ぐに新道の鍛冶屋さへ行って

「ゆんべ
何か変わった事はなかったか」と聞くと、

「あったあった、家の婆様がゆんべ左の手を(いた)めて、痛がって奥でに寝て居る」

と云う。

 それを聞いていよいよ怪しいと思い、奥でへ行って見ると、成る程、婆様は

「痛い痛い」と云って苦しがって居る。

 源さは婆様の側へ行って、

「どうしたどうした、その手をちょっと見しょう、ちょっと見しょう、見しょう、見しょう」

と云って、(いや)がる手を引っ張り出して見る
と、

ゆんべ自分が斬った刀傷だったので、「此奴め」と云って刀を抜いて斬り付けると

「ニャーゴ ニャーゴ 流しの下の骨を見よ」

と云って死んでしまった。

 それを見ると(こう)を経た山猫だった。

そして流しの下には人間の骨が山のようにたまって居った。

 これは山猫が鍛冶屋の婆様を食べて、そして自分が婆様に化けて、山の犬と一しょになって

人間を殺して食べて居ったのだった。


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