薬売りと狐の話

 

 

 ある日、ひとりの薬売りが、真夏の日盛りに広い原の一本道を歩いて居った。

原の真中に大きい堤があって、そのそばに大きな樹が一本、涼しかりそうな

日陰をつくって居った。

 あんまり暑くて苦しくなった薬売は、その木の陰で休まっと思って近づいて見ると、其処に

狐が一匹昼寝をして居った。

 「あ、こんな場に狐が寝て居りやがる おどかしてやれ」と思って、

ソーッと近寄って行って、だしぬけに「ワアッ」と云うと、狐はびっくらして

「キャーン」と飛び上がった拍子に堤の中へ「ジャブーン」と落ち込み、

「キャン、キャン、キャーン」と鳴きながら向う側へ泳いで行って、

そのまま何処かへ行ってしまった。

 薬売は狐のまごついた様子があんまりおかしかったもんで、大笑いをして、

その樹の陰で休んで居ったが、そのうちにねむたくなって、ほんのちょっと

居眠りをしてしまった。

 目をさまして見ると、何時のまにか日が暮れてしまって、そこらへんが真暗になって居った。

 「こりゃあ寝過ぎてしまったわい、暗くて道もわかりゃあせん、困ったなあ」と、

薬売は足さぐりで歩き出したが、その中に道を間違えてしまって、

両側に木のぎっしり並んだ細い道へ出てしまった。

 その道をせかせか云いながら歩いて居ると(うしろ)の方で、

 「チーン ボーン ジャラーン
」とお葬い(とむら)の音が聞こえて来る。

 薬売はおっかなくなって後を見ることも出来ず、一生懸命に歩いたけれど、

お葬の音は、

 「チーン ボーン ジャラーン チーン ボーン ジャラーン」とだんだん追い着いて来る。

ひょっと(うしろ)を振り向くと、首がなくて、胴体だけの白装束が幾人も幾人もで

棺桶をかついですぐ後まで来て居った。

薬売は逃げ場が無いもんで、荷物を放り出して、側にあった太い樹の一番下の枝まで、

ややけてのしたが、丁度その時、行列はその樹の下まで来て止った(とこ)だった。

 「何をするんずら」と思っておっかなびっくり見て居ると、

その樹の根元へ穴を掘って、棺桶を埋けてしまい、土を饅頭のように盛り上げて置いて、

首の無い白装束は(みんな)帰って行ってしまった。

 樹の上の薬売は「やれやれ これで助かった」と思って、

そうっと枝から降りっとしたら、下の土饅頭(どまんじゅう)がムクリッムクリッと動き出した。

 「ああこりゃ困った」と思って、枝から降りれずに土饅頭を見て居ると、

土饅頭の中から、青いねぶか(葱)のような細い手がヒョロンと出て来た。

それから(かみ)()をおっさらにしたお化けが顔を出して、

その細い手をフラフラゆすりながら、「ウワーッ」と薬売の方へ登って来たもんで、

「ヒヤーッ」と云いながら上の枝まで逃げ上ると、お化けはまた「ウワーッ」て云いながら

追い付いて来た。

 薬売がだんだん上の枝へ、上の枝へと逃げるのを、お化けは同じように「ウワーッ」と、

やらしい声を出しちゃあ、追いかけて来るので、とうとう一番上の枝まで逃げ登った。

薬売りは、もう逃げる(とこ)が無くなってしまった。

 それでもお化けは「ウワーッ」て云い(なが)らフラフラと上って来るので、

薬売は「ヒヤーッ」て云って、その樹の頂上(てっぺん)から無茶苦茶に飛び降りると、

ジャブーンと音がして水の中へ落ち込んだ。

 それと一緒に一面がカラーンと明かるくなって、おてんと様は相変わらず

天のまん中に光って居って、まだ夜中でも何でもなかった。

 薬売は、さっき狐の落ち込んだ堤の中へ、狐と同じように落ち込んだが、

アブアブをしながらやっとこさ堤から這い上ったそうだ。

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