ソクヘイタンの話 |
昔一人の旅のお侍様が日の暮れ方に村へ来て、百姓の家へ「今夜一晩泊めて下さい」と頼んだ。
その百姓の家では、「わしの家は貧乏で泊めて上げたくても泊めては上げれんが、
此の向うに一軒のお寺があります。化け物が出るとかと云って住む人がなく、
空き家になって居りますで、其処へ行ってお泊りなんしょ」と教えて呉れた。
お侍様はそれを聞いて、「それでは、私が今夜そのお寺へ泊って、
化け物の正体を見届けてあげましょう」とお侍様は一人でそのお寺へ行って、
今に何か出て来るかと思って待って居った。
夜がだんだんに更けてきたかと思う時分に、東の方から大きな光り物が、
テカアンテカアンと光って来て、お寺の縁側へドタンと下りた、
そして「ソクヘイタンは居るか」と云う。
お侍様が家の中で「そう云う手前は何物だ」と云うと、
その光り物が「東原の馬頭」と云う。
「東は、ひがし、原は、はら。馬頭とは馬の化けたものだ、
そんなものに怖いような俺ではない、帰れ帰れ」とお侍様が云うと、
其の光り物がまたテカアンテカアンと光って行ってしまった。
すると今度は西の方から又光り物が、テカアンテカアンと光って来て
お寺の縁側へ下りて「ソクヘイタンは居るか」と云う。
「そう云う手前は何物だ」と云うと、
「西竹林のサイジョッケイ」
「西はにし、竹林とは竹の林、サイジョッケイとは鶏の足の化けた奴だ、
そんな物に怖い俺ではない、帰れ帰れ」そう云うと、
其の光り物はまたテカアンテカアンと光って行ってしまった。
すると今度は南の方から火の玉がテカアンテカアンと光って来て、
縁側へドタンと下りて「ソクヘイタンは居るか」
「そう云う手前は何物だ」
「南海の大魚」
「南はみなみ、海はうみ、大魚とは大きな魚の化けた奴だ、
そんな物に怖い俺ではない、帰れ帰れ」
又テカアンテカアンと光って帰って行った。
そうすると今度は北の方から又光り物がテカアンテカアンと光って来て
縁側へドタンと下りて「ソクヘイタンは居るか」
「そう云う手前は何物だ」
「北池の蟇」
「北はきた、池はいけ、蟇とは蛙の化けた物だ、そんな物に怖い俺ではない、帰れ帰れ」
またテカアンテカアンと光って行ってしまった。
もうそれっきりで後は何にも出て来なんだ。
明くる朝お侍様は、
「何か此のお寺の中に化け物が呼びに来た物が居るに違いない」
と捜して見たら、縁の下に古下駄の緒の切れたのが片方あった。
「ソクヘイタンと云うのは此奴に違いない」と、それを焼いちまったら
それからは化け物は出んようになった。