狐隠し  

収録者  伊藤 善夫 信越放送飯田支局長
話 者  大屋敷 政太郎 収録日 昭和56年10月27日

 

こりゃあ、八重河内(やえごうち)村の此田(このた)という(とこ)実際(じっさえ)あった話だ。むかし山奥にゃ、狐のうろを経た奴が
()んどって、悪さをしろいだもんだ。

 ある日、その狐の奴が、おとうというお婆を馬鹿にして、どっかへ連れてって隠いちゃった。

さあそれから、大騒ぎになって村の衆が総出でなあ。

「そっちにゃおらんか、こっちにゃおらんか」と、何日も探しあえったがどっこにもおらん。

「どうしたらいいら」

「どうしたって はえ、やりようがねえずら」

 年寄りひとりで青崩峠を越すにゃ、とても無理なこったし、どっか近くにおるはずだ。

昔のこんだで、あとは神様におたのみするしかねえ。

そいで夜さ(よう)になると、村中集まっちゃあ、シンヨウっていうのを唱えた。      

「ナムタラタンノトラヤン、ナムタラタンノトラヤン」

「おとう(でえ)てくれ、おとうを出てよこせ」

どうでほかにやることがねえ、1週間もぶっつづけに拝んだちゅう。

へえたらな、みんなを騒がかいたしめえの晩方、狐のくろをした奴が出てきた。

「おとうを(かく)いたのは俺だぞう」ちゅって。

ほりゃあ、狐だか人間だかわからんもんが、力んどる。

そんとき20何人集まっとったが、どうだいびっくらこいてみんな総立ちになっちまった。

そいから、あくる日から「おとうを隠いたのは俺だ」と、ひとの家を1軒1軒さがいたちゅう。

ほうしたら、いくらさがえてもおらなんだお婆が、ある家の馬屋の後ろで見つかった。

「おばあ、いままでなにをたべておったんだ」

「柿を持ってきてくれるで、俺あもらっちゃ食べとったよ」

みると馬屋の中にゃ、柿の種がゴロゴロしとった。

まあ、いなくなったおばあもまめで帰ってきたことだし、みんなやれやれしたっちゅうよ。