『夕焼けの君』










金曜日の午後番を終えて、駅で電車を待つ。

この時間が好きだ。


夕暮れの空が雲を優しく覆い、風が緩く冷たくなる。

電車は1時間に1本しかない。次まで30分あるから、まだ構内には数人しかいない。

近くにコンビニも本屋も何もないここは静かで、学校が近くに無かったらきっと寂れていただろうな。


だけど、だからこそ好きだ。


学校のチャイムが街中に響く。
カラスの鳴き声が聞こえる。
風が吹く度に樹が音を立てる。


遠くまで、空を見渡せる。








森島のことを意識し始めたのは去年の5月だった。


部活で1人外に行って、その日は綺麗な夕焼けで、ネガを全部使った時だった。

その日のうちに現像に出しに行きたくて、学校に一旦戻り、下駄箱の上にカメラを置いてトイレに行った俺は、下駄箱に戻って そこを見て立ち尽くしてしまった。



俺が置いたカメラを、数人の男が囲んでいじってる‥。



サーと血の気が引いて、でもあまりに体育会系の彼等の所にひとりで行ける気がしなくて、でももしネガを巻き取らず開かれたりしたら‥‥。



履いているスリッパの色からして同じ1年だろうけど、普段から教室の隅で1人で居る俺には、話しかける方法すら解らなかった。


あんなに綺麗な夕焼けだったのに
ごめん、それ俺のだから返してよ
今すぐ置いて帰ってくれないかな
壊れたりしたらどうするんだよ
あんな所に置くんじゃなかった


一瞬のうちに脳内に走ったけど、体は立ち尽くしたまま。

柱の陰になってるからか彼等は俺に気づきもしない。


どうしよう。


そう思った時、後ろから誰かが走ってきてカメラをいじってる連中に飛び込んで行った。

「お待たせー!なにやってんの?」

「おっせーよ森島」
「誰かのカメラ置いてあったんだよ」
「けっこー重いぜこれ」
「マジで、何の写真撮ってあんのかな」
「森島これ使い方わかんねー?」

次々と溢れ出る会話。今にも蓋を開けられそうな雰囲気。
ああもう駄目だと項垂れた瞬間、

「やめろよ!」

昇降口の中に怒鳴り声が響いた。


「誰のか解んねーのにいじるなよ!壊れたらどーすんだよ!」


森島と呼ばれた彼は、カメラを持っていた奴の手をぎっちり掴み、そのまま取り上げた。


「どこにあったんだよ、コレ」

「‥‥あ、下駄箱の上‥」

呆然とする連中の間を抜け、指差された場所にカメラを丁寧に置く。


「‥‥ぶっ」

1人が森島の肩に腕を回して笑い出した。


「コイツ、進学祝いに買ってもらったウォークマン、姉ちゃんに中身全部消されたんだぜ」
「えっ、先週持ってたやつ?」
「そーそー。勝手に触られて中見られた上にミスって全消しされたんだよな〜」
「うっせぇよ!あーまた腹立ってきたあのクソ姉!」
「うわー、災難だったなー」
「だからお前等もヒトのもん勝手にいじんなよっ」
「ハイハイー。なあ今度そのウォークマン貸してよ」
「ぜってー貸さねぇ」

わいわい言いながら靴を履いて帰っていく。

声がしなくなってから柱から出ると、下駄箱の上にカメラがちゃんと置いてあった。

正面を向いて、紐も垂れないように、ちゃんと。


何でかわからないけど、涙が出そうになって慌てて瞬きした。

カメラが無事で安心したのかな。
でもそれだけじゃない。

なんだろう、これ。

心臓の辺りがぎゅっと締め付けられて、痛い。
痛いのに、嬉しい。


どうしたらいいのか、感覚がわからない。


俺の気持ちまで大切にしてくれたような、
萎縮していた感情を優しく撫でられたような、
それなのに凄く悲しくて痛くて息苦しいような。



――その日撮った写真は、文化祭の部活展に出した。

先輩にも誉められた。

森島は見てくれたかな。


いつか、訊ける日が来るのかな‥。









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