『小宮と滝沢』










入学式の日。外は晴れ。
慣れない雰囲気。
おっさん担任。


「名前は名簿の通り。趣味は寝ること」


一人 異質な自己紹介をしたその人に、クラス全員が見入った。
おっさん先生も、何も言えず突っ立っていた。


それだけ、その小宮というひとは、不思議な空気を持っていた。



他人を寄せ付けない、自分を見せない。
それなのに、張りつめたその空気の中にあるもの。

それは、自分もよく知っているものだった。



ただ、どうしようもなく

『なにか』が怖いんだ。










「次の授業、教室の場所わかる?」


渡り廊下を一人で歩いていたら突然横から声がして、身体がどきりと跳ねた。

小宮。

「あぁ、家庭科室ね」

持っていた校内地図を広げる。
「こっちの棟の3階の、西側」

「滝沢、いつも地図持ってるの?」

「‥‥うん、まだ覚えてないから」

「へぇ」


自然と並んで歩く。不思議な感覚。



「よく名前わかったね」
「半分くらいは覚えた。滝沢は?」
「え、すごい。‥‥まだ5人くらいしかわかんないや」
「5人‥‥。まあまだ3日しか経ってないしな」
「名前覚えるの苦手なんだよ」
開いている窓から、春の少し冷たい風が入る。
今日もいい天気だな。雲がきれいだ。

「‥‥ぷっ」

はっと、隣を見ると小刻みに震える肩。

「なに、どうしたの」

くつくつと上下する度に、さらさらの黒髪が揺れる。
口にあてた指先から、抑えるような笑い声。

「滝沢って、天然?」
「え?」
「それ。教科書」

片目で示された手元。
化学の教科書。

「‥‥」
「次、家庭科なんだよな?」
「いつ気づいたの」
「教室出るとき」
「‥‥‥」
「急がないと、あと3分で始まるよ」

「‥‥先、行ってて」
「勿論行くよ」

軽く鼻先で笑う、低い声。
そのまま歩き出す背中。
どこかで、

「小宮!」

ゆっくりと振り返る、その身体の声。

「ありがとう」

どこかで、

「‥‥あとでジュース奢りな」



それだけ言って、また歩き出す。
軽く頷いて教室へと走った。


思い出せないまま、でも、奥深くで何かが動いていた。




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