下に下にといっても

 「下にぃー、下にぃー」とは、大名行列の先頭の人の掛け声で、それを聞いたなら、庶民は道をあけて謙らなければならなかったことは有名ですね。ところがもしも大名行列同士だったらどうでしょうか?大名同士の場合では、「家柄・家格」の順に従うのが掟で、「家格が下のほうが謙る」という仕組みだったそうです。
 そのため「家格」が遠目からでも判断できなければ困るわけで、やはりと言うか「家紋」がその判断をするための目印として大変重要な存在であったのです。幕府の中心である江戸城には「家紋及び家格・家柄」について専門の知識を持って仕える役人もいたと言われております。江戸時代には幾度も「武鑑」と呼ばれる家格・家柄と家紋・槍印と大名・旗本家の一覧図が編纂されているのですが、こういった公務上・社交上の必要性あってのことだったのです。
 
 家紋には、武家社会の秩序の象徴としての役目も有った訳で、主家とのつがなりと一族内での順位に対応させて「部分的な変形やアレンジを施した紋章」を創り、同族内での君・臣、主・支、嫡・傍、といった順序・繋がりに応じて用いていました。江戸時代に家紋のバリエーションが増えたのはこういう背景もあっての事と考えられます。

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