替紋 裏紋 別紋

 家紋は、江戸時代においては「家柄・格式」を公にあらわす正式なものであっただけに堅苦しいものでもありました。また、礼装に用いるものであっただけに「一杯引っ掛けに行く」時などに使うには気兼ねがいるものでもありました。
 そこで用いられたのが、「替紋・裏紋・別紋」で、呼び方はともかくどれも「おしのび(プライベートの意味もあり)」用の紋ということだそうで、有名なもの(噂の域を出ないものも混ざっています)では、徳川五代目将軍綱吉候の「大根」徳川八代目将軍吉宗の「蔦」。佐竹家の「花散里」や、山内家の「白黒一文字」等があります。
 個人の趣味や教養などが反映されるものでもあり、また「紋上絵師」の創造力が発揮されるものでも有ったと思われます。
 この、江戸時代の替紋の習慣もまた家紋のバリエーションを増やしたものと思われます。

 

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