隠れ谷と言うのは私が勝手にそう呼んでいるだけの特殊な小さな地形で、ちゃんとした用語では有りません。私が勝手にそう感じているだけなのかもしれないのですが、とても不思議な地形です。どこがどのように不思議かと言いますと、なだらかで平らな場所に流れている川が突如ちょっとした崖を刻んで谷を形作り、しばらく広がりながら谷底に平らなたんぼ(湿地)を形成し、崖に挟まれた谷底平野と言う眺めになります。
谷をはさむ斜面に広がるりんご畑から対岸の斜面を望む
ここまでは普通と言えば普通なのですがここからがおかしいのです。川が下っていけば周囲の標高も下がり氾濫原も広がるのが普通なのに川が下るのに周囲の標高が高くなり、谷底平野はどんどん狭くなり終いには切り立った崖に挟まれた川になってしまうのです。当然谷は入り口はあるのに出口が無い格好になります。 その後川は、渓谷を刻んで、そのまま天竜川の氾濫原に出るものもあり、また小さな隠れ谷を形成してから氾濫原に出るもの、隠れ谷同士が合流してから渓谷を形成するものがあります。飯田線にのって岡谷から飯田・天竜峡・奥三河と抜けてみると伊那谷全体が隠れ谷なのかとも思えます。
谷の行き止まり地帯。季節は春でした。
隠れ谷のどんな所が魅力的なのか、なんとも言いがたいのですが谷一つ一つがある意味完成された小世界だからなのだと考えています。谷を形成する前は住宅の隙間にあるドブみたいな川だったり、田んぼの用水路だったり、場合によると流れなどまるで見当たらないような小さな溝だったりする川が、突然生き物のたくさん棲む綺麗な流れになり、その流れに沿って様々な植物と、やさしげな田んぼが広がり、両側の崖に沿った斜面には柿・栗・林檎・梅と言った木々が植えられ、崖には主に竹などの中ば野生の植物が繁茂しています。
いつ崩れるかわからない崖の近くはどうしても人の制御が利きません。だから植物もその場所に適したものを植えるかそこに生えてきたものを利用するしかありません。また、崖は人を寄せ付けないため、狸や狐、ハクビシン。雉や鶉、こじゅけいと言った大きな野生動物の住処になり、また崖には巣穴が作りやすいため繁殖場所にもなっています。崖の上に降った雨は崖を通ってろ過されてから一寸した湧水になり、沼地を作ったり川に流れ込んだりするので、川の水はいつも綺麗で、魚、昆虫、河原に住む小型の哺乳類などを育みます。
冬の谷川です。
隠れ谷にはいると、視界にはいるもののほとんどが木々と田んぼと川と、空と赤石山脈です。人と自然のゆったりとした対話がそのまま絵になっったような視界になるのです。歩いて大体三四十分で一回りできる大きな箱庭とでも言いましょうか、大きすぎず小さすぎずなところも好きな理由です。
隠れ谷は、やはり人のすむ場所でもありますから、風景の中に
は人の営みも確かに有ります。それもまた景色の風情になっています。