水引 飯田 秋 家紋 風情

           秋の隠れ谷


 季節ごとに言えば、秋の隠れ谷こそが最も趣深くまた心に沁みる眺めであろうと思っております。隠れ谷の秋は薄の紅色の穂から始まります。そして斜面の葛、河原の葦、沼地の蒲の穂と次々に、風に吹かれては灰色に枯れてゆきます。柿の葉が色づく頃には他の木々も一斉に紅葉するのですが、冷たさを増した風に晒され、霧に濡れては次々と色を失って行きます。


 そんな中で人は稲刈り、稲乾し、脱穀、林檎の収穫、柿取り、柿剥き、柿乾しとあわただしい収穫の日々を送り、はたと気がつけば秋も深まり霜が降り雪も舞う晩秋になっているのです。赤石は真新しい雪を乗せて家々の軒には干し柿が吊るされ、枯野の様になった平地と色あせた木々の中で、時期を外したために木に残った柿の赤と、軒から下げられた干し柿の赤だけが、炭火のように色を放つのです。


 その景色の何がいいのか、どう良いのかは、どうにも説明がつかないのですが、日暮れ時の柿の赤を見ると、心と体の中に柔らかくて深い、炎が灯る気がするのです。自分には、冬を前にした一つの儀式みたいなものに成っています


 内職の方の中にも農家の方が居られますが、主に柿乾しが終わった頃から春先までの間に細工物を作ってくださっているようです。昔はそういう方が大勢いただろうと思われます。


飯田地方についてへ 次へ