蛇の婿殿



  

  むかし一人の百姓があった。

或る日田圃へ行って見ると、一匹の蛇が蛙を半分呑みかけて居る。

そこでその百姓は蛇に向って、

「どうか其の蛙を助けてやって呉れんか、若しお前が蛙を助けて呉れるならわしの三人の娘の

うちの一人をお前にやる」

と云ったら、蛇は蛙を助けて呉れた。

 百姓は(うち)へ帰って来て考えてみると、

「蛇にあんな事を云ったが、娘がそれを承知して呉れるかしらん。困った事になった」

と、一日中心配して居って、
御膳になっても出て来んので、

一番上の娘が、

父様(とっさま)父様(とっさま)御ぜんだに」と呼びに行った。

それでも出て来んので、訳を聞くと、

「実は斯う斯う斯う云う訳だ、お前蛇の嫁に行っては呉れまいか」と云う。

それを聞いて娘は、

「いやなこんだ、蛇の嫁になんか」と云って怒って行ってしまった。

 次ぎに二番目の娘が来たが、此れも怒って行ってしまった。

おしまいに、三番目の娘が来たので訳を話すと、

「それじゃあわしが蛇の嫁に行きます」と承知して呉れた。

 百姓は大へんに喜んで、その次ぎの日、支度をして居ると、

娘が、「父様(とっさま)父様(とっさま)わしに針を千本ばかり下さい」と云う。

 それで針を千本持たせて田圃の方へ行くと、蛇がちゃんと婿様になって迎えに来て居った。

 娘は蛇について山の方へだんだん上っていくと、山奥の方に大きな穴があって、

其処が蛇の家だった。

 蛇は「俺のあとへついて一しょに来い」と云って、先きへ立って穴の中へ入って行った。

 娘はそこで持って行った千本の針を穴の中へざらざらと入れてやると、

それが皆蛇の躰へくすがって、蛇はとうとう死んでしまった。

 其処で娘は山を下りて、家へ帰らっとしたが、もう日が暮れて帰れんようになってしまった。
 
困って居ると、向うの方でちらちらと火が見えたので、その方へ行って見ると、毀れかかった
家が一軒あって、一人の婆様が火端(ひばた)で糸をとって居った。

 娘は其処へ入って行って、

「今夜一と晩泊めておくんなんしょ」と云うと、

その婆様の云う事に、

「此処は鬼の家だで、泊めてあげる事は出来ん。
今に鬼が帰って来ると、取って食べられてしまう。

此処に隠れ蓑があるで、それを着て早く鶏小屋へ行って隠れて居れ」と教えてくれた。

 娘は云われた通りにして鶏小屋へ行って寝て居ると、そのうちに鬼共が山から帰って来て、

「ああ人臭い人臭い、婆さま誰か人が
来りゃあせんか。ああ人臭い人臭い」

と云って家じゅうを捜して歩いた。

 そして鶏小屋へ行って見ると、大きな鶏の(ふん)があったので、足でそれを蹴とばして来て

寝てしまった。

 次ぎの朝早く、婆様は鬼共を山へ出してやって、

そのすきに早く山を下りていくようにと娘に教えてやった。

 娘は急いで隠れ蓑を着て山を下りて来ると、其処に長者の家があったので、

婆様の姿になってその家へ行って
女衆(おんなしゅう)に使ってもらっておった。

 娘は昼間は隠れ蓑を着て汚い婆様になり、

(ようさ)は人の見て居らん(とこ)で奇麗な娘になって、本を読んで居った。

 すると、長者の(むすこ)が、(ようさ)そこを通って其の娘を見て、

それを嫁にほしいと云い出した。

 長者の家では昼間になって家中(うちじゅう)の女衆たちを一人一人()ってみたけれど

そんな娘は居らなんだ。

一番おしまいに御ぜん焚きの婆様を、()ばって見ると、婆様は隠れ蓑を脱いで奇麗な

娘になって出て来たので、とうとう其の娘が長者ん(とこ)のお嫁さんになった。


次の作品へ