豆腐屋と旅僧の問答

 


  村の或るお寺に和尚様があった。

その和尚様の(とこ)へ旅の坊様から、何時何日(いついつか)に問答に行く と云う手紙が来た。

 所が其の和尚様は、問答という事は話には聞いたが、まだ一ぺんも仕た事がない。

 人の話によると、余程(えっぽど)六づかしい事らしい。

 「こりゃあ困った事になった、旅僧が来たらどうすりゃあいいか」と、

和尚様は心配して、御膳もろくろく食べずに考えて居った。

 其処へ門前の豆腐屋がやって来た。

「和尚様 ヘイ今日は」

 豆腐屋はいつものとうり和尚様の居るお座敷の方へ来て見ると、

和尚様が何時(いつ)になく六づかしい顔をして考えこんで居る。

 「和尚様 和尚様 どうしました、顔色も大へん悪いし、元気もないが、

お腹でも痛みますか」と聞くと、

 「ヤア豆腐屋か、お腹は痛くないが実は困った事が出来てな、

今日旅僧から手紙が来て、何時何日(いついっか)に問答にくると云ってきた。

(わし)はまだその問答ちゅう事をしたことがないで、どうしたらいいかと心配しとる(とこ)だ」

と和尚様が云った。

 それを聞いて豆腐屋が、「成る程、併し和尚様、問答ちゅう事は、

どの坊様もやる事なんでしょう、訳はありませんや、

(なん)なら(わし)が一つ和尚様に替ってやって見ましょうか」

 すると和尚様が「豆腐屋、お前やって呉れるか、そいつあ有難い、じゃあたのんだぞ」

 門前の豆腐屋は和尚様から問答を引き受けた。

 いよいよ其の日になると、豆腐屋は和尚様の金襴のお袈裟を懸け、頭巾を被って

きょくろくに腰を掛け、すっかりお寺の和尚様になって待って居った。

 其処へ旅僧は、今日こそ此の寺の和尚をへこましてやらっと思って、

大威張りでやって来た。

 来て見ると和尚がちゃんときょくろくに倚りかかって待ちかまえて居る。

 そこで旅僧は和尚の前へ出て無言の問答を始めた。

 ()最初に両手の指で大きな輪を作って和尚の前へ出した。

 すると豆腐屋の和尚も黙って両手を前に出して、

手のひらを上下に向き合わせて見せた。

 今度は旅僧が両手の指を十本出して見せると、和尚は片手の指を五本出した。

 旅僧が三本の指を出したら、和尚は人差し指で大きなあかんべいをして見せた。

 それをみた旅僧は、「こりゃあ(えら)坊様だ、

とても自分の様な者は此の坊様には(かな)わん」と思って、逃げて行ってしまった。

 障子の穴から此の様子を一生懸命に覗いて見て居った本当の和尚様は、

豆腐屋の問答にすっかり感心してしまった。

 其処へ豆腐屋が「和尚様 和尚様 問答なんてつまらんもんだ」と、

法衣(ころも)のお尻をまくって入って来た。

 和尚様が豆腐に「一たいありゃあ、何の真似だ」と聞くと

豆腐屋の云うことに、「旅僧()、最初に、『手前の(とこ)の豆腐は丸いか』

とこいて指で丸を(こさ)えて見せるもんで、

『イヤ俺の(とこ)の豆腐は四角い』と両手を斯う上下へ並べて四角だと教えてやった。

すると、『一ちょうが十文か』とこいて指を十本出したもんで

『イヤ五文だ』と指を五本出してやった。

すると『三文に負けんか』と指を三本出しやあがったんで、

(わし)が赤べいをしてやったら、旅僧()、呆れて逃げて行ってしまった。

問答なんて訳のないもんだ」と云った。

 問答に負けた旅僧は、それから隣村のお寺へ行ってそこの和尚に云うことに、

彼所(あそこ)のお寺の坊様は本当に豪い坊様だ、今迄にあんな豪い坊様は見た事がない。」と云う。

 「どうしてだ」と聞くと、

「今日問答に行って、()最初に、『地球は』と指で丸の形をして見せたら、

両手を上と下にして『天地の間に在り』と来た、

『十方は』と指を十本出したら

向こうでは『五戒で保つ』と指を五本出した。

仕方がないので今度は『三千世界は』と指を三本出してみせたら

『眼中に在り』と指で眼を大きく開けて見せた。

どうもあんな豪い坊様には初めて会った」と感心して居った。
 

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