蛇の嫁様の話

 



  むかし一人の旅人があって、道端に腰を掛けて煙草を吸いながら休んで居ると、

奇麗な娘が一人、何処からか出て来て、

「どうか(わし)を嫁様に貰っておくんな」と云う。

その旅人が見ると大へんに奇麗な娘だったもんで、嫁様に貰う事にして

(うち)へ連れて帰って来た。                                

 二人は仲よく暮して居ったが、或日亭主が外から帰って来て見ると、

家ん中でピショピショと水の飛ぶ様な音がして居る。

不思議に思って亭主が障子の隙間からソーッと覗いて見たら、

家中水一ぱいになって、そん中に一匹の蛇が長まって泳いで居った。

それを見た亭主はびっくりしたが、「待て待て此処で騒いじゃあいかん」

と思って、家から少し引ッ返して、そして遠くの方から

「ヱヘンヱヘン」と咳き払いをして置いて「今帰ったよ」

と云いながら障子をサラッと開けて家ん中へ入って見ると、

先刻(さっき)の水や何かはちょっとも無くて、

奇麗な嫁様が「お帰りなんしよ」と云って坐って居った。

亭主は「どうも不思議だなア」と思いながら、おっかなびっくりで居った。

 すると或る日、「お風呂が沸いたでお入りな」と云うので、

亭主が入って居ると、雨がザーッと降って来た。

「早く傘を持って来い」と亭主が云うと、嫁様は何を思ったかお風呂桶にピシャンと

蓋を
()せて、亭主が入ったままのお風呂桶を(かつ)ぎ上げて山奥の方へ上って行った。

そして深い谷底へドタンと
(おろ)して 「これでいい」と云った。

亭主はびっくりして、ソーッと蓋の間から覗いて見ると、

今迄の嫁様が大きな蛇になって穴ん中へ這入って行く
(とこ)だった。

「こんな(とこ)に居ったんでは命が(あぶな)い」と、

亭主は一生懸命になって逃げ出すと、蛇は「姿を見られたのが悔しい」、

と云って後から追わいて来た。亭主は逃げながら、

足許の
菖蒲(しょうぶ)(よもぎ)を取って(うしろ)の方へ投げてやると、

蛇は其所から先きへ迫って来る事が出来ず、亭主は
()っと危ない命を拾って

(うち)へ逃げて来た。

 それから後も、その蛇が美しい嫁様になって(うち)の側へ寄って来るので、

そのたんびに
菖蒲(しょうぶ)(よもぎ)を投げて蛇を迫い払って居った。

後には四方の屋根へそれを挿して置くようにしたら、

それから後は蛇の嫁様は一寸も姿を見せんようになった。

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