田舎者が上方へ行った話 |
田舎者が上方へ旅に出かけた。
日が暮れたので宿屋へ泊めて貰う事になった。
そうすると宿屋の亭主が、
「お客様は此れから上洛なさいますか下洛なさいますか」と聞く。
田舎者は何の事だか分からんので亭主に其の訳を聞くと、
「上洛とは都へ上る事、下洛とは下る事だ」と教えて呉れた。
田舎者は「いい事を教わったもんだ」と喜んで、又次ぎの宿屋へ行った。
そうすると、宿屋の番頭がパチパチと算盤をはじいて居る。
「番頭さん番頭さんお前様は算盤で何をして居る」と聞くと、
番頭は「わしは今二一天作の五で割って居る所だ」と答える。
「なる程、上方では割る事を二一天作の五と云うと見える。此りゃあ面白い」と思い
ながら、又次ぎの宿屋へ行って泊った。
そうすると亭主が女衆
「朱膳朱椀を出して上げな」と云ったら、まっ赤なお膳とまっ赤なお椀が出て来た。
「成る程上方では赤い物を朱膳朱椀と云うと見える。 こりゃあいい事を覚えた」と喜んで行
くと、向うの方から巡礼が来て、人の家の門口に立って御詠歌を歌いながら
「釈迦のハイ」と云うと物を呉れるのを見て、
「ははあ、人から物を貰う事を上方では、『釈迦のハイ』と云うのだな」と思った。
田舎者が旅から帰って来て見ると、親爺が柿の木へのして行って柿を取って居るうちに、
木から落ちて怪我をして大へんに血が出た。
それで其の息は急いでお医者様んの所へ飛んで行ったが、上方で覚えた言葉を
使うのは斯う云う時だと考えて、
「お医者様お医者様、うちの親爺が柿の木に上洛し忽ち下洛して頭を二一天作の五、朱膳朱
椀が流れ出したから薬を一服釈迦のハイ」と息もつかずに喋べくった。
お医者様は何の事だか訳が分からず、もう一ぺん聞きなおすと、又
「うちの親爺が柿の木に上洛し」と云う。
「何でも此れは急な病人にちがいない」と思って、急いで行って見たら、親爺が柿の木から落
ちて血だらけになって、うんうんうなって居る所だった。