小僧イイカンの話

 

 
 むかし山寺に和尚様があった。

お酒が好きで、毎晩お小僧には内緒でお酒を沸かして飲んで居った。

お酒のお(かん)がつくと「アァ、いい燗だなあ」と云うのが和尚さまの何時もの癖だった。

 お小僧は、「いまいましい和尚さまだ、自分一人っきりで美味(おいし)いお酒を飲んで、

自分には一寸も呉れん。ひとつ和尚さまを困らしてやりましょう」と思って、

 或る日、

「和尚様 和尚様 私の今までの名前はどうも面白くないで、

名前を替えてむらい申したい」と云う。

 「何という名にすりゃあいいか」と聞くと、

 「イイカンという名にして下さい」と云う。

 「イイカンとは妙な名前だ」と、和尚さまは思ったけれど、 お小僧が何でもそう云うもんで、

 「よしよしそれじゃあ此れからイイカンと呼ぶようにせず」と云った。

 お小僧は「占めた」と思ったが、そんな顔はせずに

 「ありがとうございました」とお礼を云った。

 お小僧は「今に和尚様を困らしてやらず」と思って待って居ると、

 そのうちに日が暮れて、和尚様は又奥の座敷の方でお酒を沸かして居る様子であった。

 お小僧はそおっと和尚様の居る部屋の(ふすま)の外へ坐って待って居ると、

そんな事とは知らん和尚様は、お酒のお燗がついたので、

徳利を取り出してお盃へ()いで、一口飲んで「アアいい燗だ」と独りごとを云った。

 それを襖の外に居って聞いたお小僧は、戸をさらっと開けて、

 「ハイ和尚様 お呼びになりましたか」と顔を出した。

和尚様はまずいを小僧に見付けられて、

 「オオ小僧か、別に用事はないが、まあ一杯飲め」と云って、

お小僧にも一ぱいお酒を飲まして呉れた。

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