鬼狼より漏るぞ怖ろしい |
昔ある所に婆様が一人住んで居って、その婆様ん所に、
良い馬が一匹飼ってあった。
村の伯楽は其の馬が欲しくて欲しくて仕様がない。
或る日、伯楽は、婆様の家の戸間口の所へ行って、若し馬が外へ出て来たら、
盗んでやりましょうと待って居った。
所が、山の狼も其の馬が食べたくて食べたくて仕様がない。
若し、馬が外へ出て来たら食べずと思って、矢っ張り婆様の家の裏口へ行って、
待って居った。
そのうちに大雨がざあっと降って来て、
婆様の家の屋根から雨がびたびたと漏り
婆様はびっくりして桶や鍋を持って来て雨の漏所へ当てながら、
「鬼狼よりも漏るぞ恐ろしい、鬼狼よりも漏るぞ怖ろしい」
と、云って歩いた。
それを聞いた狼は、「俺が一番おっかない物だと思って居ったのに、
俺よりもまっと怖ろしい、もるぞちゅうものがあると見える。
そんな物が来ちゃあとてもかなわんで、今のうちに逃げず」と思って
雨の中を飛び出した。
それを見た伯楽は、「それ馬が飛び出した、追っかけろ」と、
狼の跡をどんどんおわいて行って狼の尻つぽをつかまえた。
狼は、「それ、もるぞが来た」とびっくりして、井戸ん中へ伯楽を振り落として置いて、
山ん中へ逃げて行った。
山のお猿がそ其れを見て、狼に「どうしたのだ」と聞くと、
狼は「こうこうこういう訳で、今もるぞにつらまったので井戸ん中へ
放り落として置いて来た」と話した。
お猿は、「もるぞなんちゅう物は有るものか」と云うと、
「それでも確かに其奴を井戸ん中へ落して置いて来た」と狼は云う。
お猿は「それじゃあ俺が行って見て来てやらず」と云って、
井戸の所へ行ってのぞいて見たが何にも見えん。
それで長い尻尾を井戸ん中へツルンと垂らしてやったら、井戸の中へ落ちた
伯楽は、お猿の尻尾を見て縄が下がって来たのだと思って、しっかり握んだ。
お猿は、中へ引っ込まれちゃあたまらんと、一生懸命に引っ張る。
伯楽は、又早く上へ引き上げてもらわっと思って、お猿の尻尾を力一ぱいに引く。
両方で引っ張り合って居るうちに、お猿の尻尾がピチンと切れてしまった。
お猿の尻尾は、それからしてあんねに短くなった。
そうして、其の時あんまり力んだもんで、お猿の顔は真っ赤になったんだっちゅう事た。
事た→事だ?