鼠の御殿




 むかし或る所にお爺さんとお婆さんが住んで居った。

或る日お爺さんが山へ行って、仕事をして居るうちにお昼になったんで、

木の枝に懸けて置いたお握飯(むすび)を持って来て、それを(ほの)拍子に、

コロンと一つ落としたら、そのお握飯(むすび)がコロコロコロコロと何処までも()れていく。

 此れを()くしちゃあ大へんと、お爺さんがその後をドンドン追っ掛けて

行ったら、大きな岩の側の鼠の穴ん中へ、其のお握飯(むすび)()こんでしまった。

 お爺さんは此れは失敗(しま)ったと、また其の後を追っかけて、鼠の穴の中へ

這入り込んで行くと暗い穴の中が俄かにパッと明るくなったので、よく見ると、

奇麗な家が何軒も何軒も並んだ御殿のような所だった。

 それでお爺さんは、呆れてぼんやり立って居ると、

やがて大勢の奇麗な女の衆が出て来て、「お爺さん、よう来て呉れました。

サア此方へ」と云って(おくで)の方へ連れて行って、お茶やお菓子やお酒を出して

大へんにご馳走をして呉れた。

 お爺さんは喜んで、夢中になって居ると、台所の方で餅を搗く杵の音が

聞こえて来る。

そうして

 「一升搗いちゃあ五合搗いちゃあ、雌猫や雄猫に知らせんな」

と鼠たちの餅搗きの唄が聞こえて来る。

 お爺さんは、「扨ては此処が話に聞いた鼠の御殿と云う所だな、

ちょっと脅かしてやれ」と、よせばよいのにお爺さんが、「ニャーゴ」と一と声、猫の啼き声をすると、

「ソレ猫が来た、逃げろ逃げろ」と、今迄で明るかった部屋が急に

真暗くなり、家中が上を下への大混雑になってしまった。

 お爺さんは、「コリャ困ったもんだ」と手探りでやっとこさ穴の中を這い出すと、

丁度其処が自分の家の縁の下だった。

 そんな事とも知らん婆さんは、今しがた台所で大事な鰹節を

猫に盗まれて怒って居ると、縁の下の方で猫の啼き声が聞えた。

彼奴(あいつ)だな」と婆さんは天秤棒を持って来て、ヒヨコッとし出た

お爺さんの禿げた頭を、「コキン」とぶん(なぐ)った。

 お爺さんは眼から火の出る位ひどく頭を叩かれて、

「ア痛ッ」と大きな声を出したら眼が醒めた、

 今のは(みんな)夢だった

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