のの屋の娘



 

 京ののの屋の娘が母親と二人で養子を(むか)しに出かけた。

坂を上って行くと一軒の茶屋があったもんで、其処(そこ)で休んで居ると、

其処(そこ)へ一人の若い衆が来て休んだ。そこで母娘(おやこ)はお銚子(ちょうし)を一本つけて貰って、

其の若い衆にお酒を
()いでやりながら、

そのお銚子の底がその若い衆に見える様にしてやった。

その底にはのの屋と書いてあった。

若い衆はお酒の御馳走になって居るうちに、そののの屋と云うのに気が付いて、

そうして
其処(そこ)を出かけて行った。

 それから幾日(いくんち)か経って、その若い衆はボロボロのへぼい着物を着てのの屋へ来て、

「どうか
(わし)灰坊(はいぼう)に使っておくんなんしょ」と頼んだ。

母娘(おやこ)の二人は、
それが峠で会った若い衆とは気が付かずに、

(うち)で使って居るうちに、近所に芝居があって、のの屋の衆は灰坊(はいぼう)一人を留守居に残して、

(みんな)芝居見物に行った。

灰坊(はいぼう)は家の衆が居らんようになったのを見て、急いで家中(うちじゅう)に鍵を掛け、

もとの奇麗な着物に着替えて芝居小屋へ飛んで行って、自分も役者になって芝居をやった。

そうして其れが済むと又急いで
(うち)へ帰って来て、

もとの灰坊になって留守居をして居った。

のの屋の娘は其の芝居をした役者が灰坊とは気が付かず、とても好きになって

病気になってしまった。

 それを見て灰坊は、のの屋から(ひま)を貰って出て行ってしまった。

そうしてしばらく経って、今度は奇麗な着物を着て立派な若い衆になって、

又のの屋の
門口(かどぐち)へ来た。

娘が二階から見ると、それは芝居をした自分の好きな役者で、前に峠で行き会った、

若い衆だったので、娘は大へんに喜んで、すぐにそれを婿様に貰う事にした。

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