| 姨捨山の話 |
むかしは六十の谷こかしと云って、六十になると年が寄って
何にも出来んちゅうので谷へ轉かす事になって居った。
或る村の百姓の父様が六十になったので、
お殿様の云いい付けで谷へ轉かさんならん事になった。
そこで其の息は父様を負ぶって山ん中へだんだん入って行くと、
背中の父様は途々枝を折って目標を拵えて居った。
「父様父様お前そんな事をして又家へ帰って来る気じゃああるまいね」、と息が聞くと、
「いんね、俺は帰らんが、汝の帰る途が分からんようになると困るで、
斯うして目標
それを聞いて息は、親の心が有難くなって、山へ捨てれんようになつて、
其の侭儘父様を負ぶつて家へ帰って来た、
そうして家の縁の下へ隠してお殿様へ知れんようにして置いた。
そのお殿様は大へんに無理な事を云うお殿様で、
ある日村の百姓たちを集めて「灰で縄を綯って来い」と云い付けた。
百姓たちは灰で縄や何か綯えようがないので皆困っておると、
さっきの百姓は家へ帰って行って、縁の下の父様に、
「今日お殿様から灰で縄を綯って来いと云い付かったがどうすりやあいいか」と聞いた。
すると父様は
「縄を固く綯って、その縄を大事に焼いて灰にして持って行け」と教えて呉れた。
その百姓は喜んで、早速教わった通りにして灰の縄を拵えて持って行ったら、
他の百姓は誰も出来んのに其の百姓だけが云い付け通りにして行つたので、
お殿様は大へんにお賞めになった。
今度は「法螺貝に糸を通して持って来い」と云い付かった。
其処で其の百姓は又家へ帰って行って父様に聞くと、
「法螺貝の先きを明るい方へ向けて置いて、糸の先きへ御ぜん粒を付けて、
其れを蟻に喰えさせて口元の方から這わしてやると、糸が法螺貝へ通る」と教えて呉れた。
百姓は教えられた通りにして法螺貝へ糸を通して其れを御殿へ持って行ったら、
お殿様は大へんに感心して、
「こん六づかしい事がどうして出来たか」とお尋ねになつた。
そこで其の百姓は、
「実は父様を谷へ轉かす事が可哀想で、家へ連れて帰って縁の下に隠して置きました、
お殿様の云い付けがむづかしいので、其の父様に聞きましたら、
斯うしよと教えて呉れましたので、其の通りにして持ってまいりました」
と正直に申し上げた。
それを聞いてお殿様は大へんに感心して、
年寄りはよく物を知つて居るで大事にせんならんと云う事が分かり、
それからして六十の谷轉かしはお止めになつた。