猿 と 蟹 

 

 
 むかし山奥に一匹の猿がすんで居った。

その猿の友達(おつれ)は、近所の沢に居る(かに)だった。

 秋過ぎの或日、蟹は沢から上って、美しい紅葉(もみじ)の山を眺めながら

横這いにのこのこと這って行った。

 丁度友達(おつれ)の猿も退屈して山から下りてきた(とこ)で、二人は途中で出会った。

猿は蟹に「やあ、久しぶりだった」と云って、自分の(うち)へつれていった。

猿は「よう来て呉れた」と云って、栗や柿やその外いろいろの山の御馳走を

出してお客にした。

 蟹ははあるかぶりで珍しい物を御馳走になったので、喜んでお礼を云った。

帰りがけに「いつかおれの(とこ)へも来いよ」と云っておいて、蟹は帰って行った。

 それから幾日かたって、猿は山を下りて蟹の(とこ)へ遊びに行った。

蟹は「前のお礼だ」と云って、(うなぎ)(なまず)(どじょう)(こい)

其の
(ほか)川の御馳走を(みんな)出してお客にした。

 木の実や草の芽ばっか食べて居る猿にはこんな御馳走は初めてだったもんで、

美味(おいし)くて美味(おいし)くて仕ようがない。

 腹一ぱい食べたその上で、欲のふかい猿は、こんな美味(おいし)い物をいつも食べて居る蟹が

(うらや)ましくなった。

 自分もこんな美味(おいし)い物をしじゅう食べたいと思ったから、

「こう云う(さかな)はどうやってとるのえ」と聞いた。

 蟹は「そんなことは造作もないことだ、とても(しみ)る朝、川ばたの石の上へ坐って

尻尾を水ん中へ垂らして居ると(けつ)が重たくなる程魚が食い付くで、

それをぐいとあげると、背負(しょ)いきれん程とれる」と教えた。

 猿は生れて初めてこんな御馳走を腹一杯食べたし、魚の取り方も教わったし、

こんないいことはないと大喜びで帰って行った。

 猿は山へ帰ってから、「早く寒い日が来んかなア」と、そればっかし待って居った。

 向うの高い山に真白い雪が降って、毎日寒い風の吹く冬がやってきた。

愈々美味い魚を食べれる日が近づいたと猿はもう嬉しくて嬉しくて

寒いことや何か忘れて喜んで居った。

 或日晩方からとても凍み出した。

猿は飛び上る程よろこんで、その夜は寝れん程嬉しかった。

明日(あした)はどんねに沢山魚がとれる知らん、本当に背負(しょ)いきれなんだらどうせず」かと、

そんなことを一晩中考えて居るうちに夜明けになった。

 猿はまだ夜の明けきらんうちに山の家をとび出して、()れるようにして

沢まで下りて来た。

 川端の坐るにいい石を見つけて、その上へ坐り、お尻をさげて尻尾をなるたけ

深く水につかる様にして、魚の食い付くのを待って居った。

 尻尾の先がちぎれる程つめたい、お(けつ)が痛い程つめたい、

けれどあの美味い魚が食べれると思うとつめたい事なんかはなんでもなかった。

 しばらく経って少し(けつ)を上げて見るとだいぶ(おもた)くなって居る。

「こりゃいやんばいに魚がだいぶ食っ付いたぞ」と思ったが、

欲の深い猿だもんで、もっと沢山食っ付くようにと今までよりもまっと深く

尻尾を水ん中にたらして、つめたいのを我慢して待って居った。

 又しばらくしたって少し上げて見っと思ったが、とても(おもた)くて中々上がらん。

 猿は「こりゃあふんとに背負(しょ)いきれん程とれたぞよ」と思った。

 猿は嬉しくて嬉しくてたまらん、「さあ一つ上げて見ず」と思って、躰中の力をこめて

「うんとこしょ」と立ち上がったら、ビチーンと尻尾の先はちぎれちまうし、

お尻の皮はひとむけにむけてしまった。

 可哀相に魚が沢山食っ付いたと思ったのはお尻が石へ凍りついて居ったのだった。

 それから猿の尻尾は短くなり、お尻があんなに赤くなったそうだ。

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