粗そう惣兵衛 |
或る所に惣兵衛と云う名前の、とても粗そっかしい男があった。
秋になったので、「一つ権現様へお参りに行って来ず」と思って、
嬶様に、「明日権現様へ行って来るで、今夜の中に弁当を拵えて
枕元に置いてくりょう」と云って置いて寝てしまった。
明くる朝、惣兵衛はまだ暗いうちに起きて、枕元を捜すと、
昨夜
「よし来た」と其の弁当箱を側に在った風呂敷に包んで首へ繋り付け、
草鞋を穿いて出かけて行った。
丁度その日はお山はお九日で大へんな人出だった。
惣兵衛は良い気持でお山へ登って神様へお参りした。
「お賽銭を上げず」と思って財布の中から一文出し、お賽銭函の中へ
ポーンと抛
気が付いて見たら一文の方は固く手へ握って居って、片方
財布の方を間違って財布さらお賽銭函へ抛
いまいましいと惣兵衛は腹を立て、お昼飯
石の上へ腰を掛け、首へ縛って来た弁当箱を下ろして解いて見たら、
弁当箱だと思ったのは自分の枕で、それを包んだ風呂敷は、嬶様の腰巻だった。
惣兵衛は怒って谷底へそれを抛って終ったが、業がわいて業がわいて仕様がない。
急いで山から下りて来て家へ入るが早いか嬶様の頭を二つ三つぶん撲った。
「アレ惣兵衛さ、お前何をするの」と云う声を聞いてよく見たら、
其処はお隣で、そのお隣のお神さんを叩いたのだった。
「これはしまった」と、周章て其処を飛び出すと、
俄かに夕立様がゴロゴロと鳴り出した。
急いで自分の家へ飛び込んだ惣兵衛は、俄かに顔色を変えて、外へ飛び出して来て、
「大変だ大変だ、うちの嬶様が首を切られて居る」と呼ばった。
それで近所の人が大勢集まって家へ入って見ると、惣兵衛の嬶様は
夕立様が怖いので、布団の中へ首だけ突き込んで震えて寝て居ったのだった。
それを見た皆の衆は「成る程粗そう惣兵衛に違いない」と云って笑って帰って行った。