菖 蒲 と 蓬 |
其の一
ある人が友達の世話で、頭のまん中に口のある女を知らずに女房に貰った。
その女房が亭主に、「どうかわしの御飯を食べる所を見て呉れんな」と云う。
亭主は「変な事を云うなア」と不思議に思って、或る日そうっと障子の穴から覗いて見たら、
女房が頭の毛を分けて、其ん中へ茶碗で何杯も何杯も御飯を掻っ込んで居る所だった。
亭主はそれを見てびっくらして、大きな声を出したら女房は「あんねに云って置いたものを
これを見られて悔やしい」と云っておっかない顔をして追わいて来た。
亭主はたまらんもんで庭の隅っこにあるお風呂桶ん中へ這入って隠れて居ると、
女房はそれを見付けて、桶さら何処かへ擔いで行くので、
亭主はどうかして逃げっと思って、道傍の柿の木の枝へ飛び付いて、ぶら下って桶から出た。
女房はそれに気が付いて、気違いのようになって後から追っ掛けて来るもんで、
亭主は道側の蓬と菖蒲の繁った中へ飛び込んで隠れて、それでやっとこさ助かった。
そう云う訳で、蓬と菖蒲は魔除けになると云って、五月のお節句に屋根へ挿すんだっちゅう事だ。
其の二
ある村に年頃になった奇麗な娘があった。
その娘ん所へ毎晩毎晩、今迄についぞ見た事もない若い男が通って来て、
夜が明ける前に何処へ行くか帰って行った。
その様子がどうも不思議なのである晩その男が来た時、男の袖へ針を差して
糸をつけて居いて、夜が明けてっから其の糸をたぐって捜して行って見ると、
山の向うの大きな淵ん中へ糸が曳っ込んである。
それで水の底を覗いて見たら大きな蛇が死んで居った。
所が其の娘が男の胤を宿して居たので、母親が教えて菖蒲と蓬のお湯を沸かし、
そん中へ娘を入れたら孕んで居った蛇の子が皆下りてしまったそうだ。