庄屋様と狐

 


 むかし
下瀬(しもせ)の庄屋様が、竹佐(たけさ)のお代官様の(とこ)へ行かずと思って                           

朝早く大明神原(だいみょうじんばら)を通りかかった

すると道端に大きな狐が一匹、いい気持ちで寝て居った。

庄屋様はよせばいいのに、そうっと其の狐の側へ行って、

大きな声で「ワ−ッ」と脅かした。

びっくりして眼を醒ました狐は丸くなって山の方へ逃げて行った。

庄屋様は用事をすまして、帰りがけに又大明神原へ来ると、

まだそんねに遅くはないのに、もう方々が暗くなった。

「こりゃあ困った」と思って向うの方を見ると、家が一軒あったので、

「ヘイ今晩は」と云って家ん中へ入ると、

若い女の人が一人きり坐つてメソメソ泣いて居る。

ようく見ると部屋のまん中に棺桶を据えて、お線香が立ってある。

庄屋様は「どうした」と訳を聞くと、

「亭主が死んだもんで泣いとる(とこ)だ」と云う。

そして「此れからお寺へ和尚様を頼みに行って来るで、

そのうち此処で留守居をして居って貰い申したい」と云って、

そのせの人はさっさと外へ出て行ってしまった。

庄屋様もそろそろ怖くなって来た。

夜半(よなか)に原の中の一軒家で、棺桶の番をしながらブルブルと震えて居ると、

夜がだいぶ更けたと思う時分に、棺桶の(たが)がパチンパチンとはぜ出した。

そしてガランと棺桶が壊れたかと思うと、

何か黒い大きな物がニューツとその中から立ち上った。

庄屋様は腰を抜かして引つ繰り返ってしまったが、

そのうちに()っと
(しょう)がついてよく見ると、広い原のまん中の柿の木の下を、

彼方此方(あっちこっち)と這い廻って居った。

「こりゃあ今朝の狐に化かされたんだな」、と思って急いで(うち)の方へ掃って行くと、

又狐が一匹道端に丸かって居る。

「此奴め」と庄屋様が脇差を抜いてスターンと斬り付けると、

カチャンと音がして脇差がおしょれた。

よく見たら狐じゃあなくて大きな石だった。

 そのせ→その女?

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