狸と小間物屋

 

 
 昔小間物屋さが、日が暮れてから山道を急いで行くと、

向うの方にチカーンチカーンと
()が見える。

行って見ると、家が一軒あったので、其処へ寄って

 「今晩一と晩泊めてお呉れ」と云うと、

(うち)の中に女の人が一人居って、

「サアサアお泊りなんしよ」と云ってさっそく泊めて呉れた。

小間物屋さは、

「こりやあ有難い」と思って、火端(ひばた)へ上り込んで火にあたって居った。

夕飯を貰って食べて、又火端へ来て坐って居ると、

其の女の人が小間物屋さに、

「針は無いか」と云うので、

「針なら幾らでもあるで見とくれ」と云って、荷物ん中から出して見せてやった。

初めは一番細い針を見せてやると、

その女の人は

「こりやあ良い針だが細過ぎる」と云って返えしてよこした、

それで小間物屋さが其の針を(むしろ)へチクット差したら

 「ア痛ッ」と其の女の人が云った。

小間物屋さは

「変だなア」と思ったが、今度は小し大きい針を見せてやると、

その女の人は

「此れも気に入らん」と云って返えしたもんで、又莚の端へチクッと差すと

「ア痛ッ」と又女の人が云った。

「変だなア」と思いながら、又それよりも大きい針を見せてやると、

「此れでもいかん」と云う、

そしてそれを莚へ差すと、又

「ア痛ッ」云う。

 「こりゃあどうしても変だな」と思いながら、今度は一番大きい畳屋さの

使うよう針を見せたら

「此れじゃあ太過ぎるで駄目だ」と云うから

今度は小間物屋さはその針をしっかり握って、莚の上へヅボヅボと力一ぱいにくすいだら

「キャンキャン キャンキャン」と大きな声がして、

女の人も、家も灯も、(なん)にもなくなって、

小間物屋さは真っ暗い山の中に一人っ切りで坐って居った。

其の山は狸の居る山で、おりおり人が化かされて困ったけれど、

小間物屋さを化かした時、小間物屋さに睾丸へ針をくすがれて、

それで死んじまったので、それからは
(だあれ)も化かされる人はなくなった。                       

     小し大きい→少し大きい?
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