狸のきんたま

 


 昔なア、向うの御富士山で「お先達」のお爺が柞蚕(さくさん)

飼っとった事があったってなア、

その時の話だが、お爺が番小屋を(こさ)えてそん中で(ようさ)火を焚いてあたって居ると、

結構な娘が来て、懐から風呂敷(ふるしき)を出してお
(じい)の前へ置いて、

「お爺、風呂敷(ふるしき)のいいのを買って来たで見とくれ」ちゅって広げて見せた。

「変な事があったもんだ」と思ったが、「成る程きれいな風呂敷(ふるしき)だなア」

ちゅって見てやると娘は喜んで帰って行った。

 そうした(とこ)が又次の(ようさ)もその娘が来て、昨夜(ゆんべ)の様に風呂敷を出して、

「お爺、風呂敷(ふるしき)のいいのを買って来たでみとくれ」って広げて見せる。

そいだもんでお爺も不思議に思って、一寸(ちょっと)その風呂敷い触って見たら、

風呂敷がほんのりと
(あったか)いもんで、「ハテナ」と思ってよく見ると、(こまか)い毛が生えて居る。

「ハハア此奴(こいつ)悪戯(いたずら)だな」と思って、

「どれどれ、いい風呂敷(ふるしき)だなア、よくみしょう」と云いながら、

火ばたにくべてあった一番太い燃え木じりを持って、その
(あか)りで

風呂敷を見る様な風をして、段々風呂敷へ近づけて行った。

「成る程こりゃあいい風呂敷だなア」と云いながら燃え木じりを

風呂敷へじゃあんとしゃっつけた。

そうしたらその娘が「キャンキャンキャン」と大きな声で鳴きながら飛んで行っちまった。

(たぬき)の奴に違いないと思ったら、やっ張りその通りだったわい」と思って、

その次ぎの朝、あとをつけて行って見ると、

岩の穴ん中に大きな狸が睾丸(きんたま)を焼かれて死んで居ったって。

こりゃあ本当にあった話だっちゅぞよ。

柞蚕(さくさん)→ヤママユガ科の大形のガ 絹糸に似て珍重 (広辞苑)

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