爺さんと牡丹餅

 

 
 昔或る
(とこ)に身寄りのない一人のお爺さんがあった。

年を取ってだんだんに弱って毎日寝てばっか居った。

 その爺さんはとても牡丹餅(ぼたもち)が好きで、「一ぺんいやになる程食べてみたい」と

口癖のように云って居ったので、お隣りの親切なお神さんが、重箱へ十五しか入らないのに、

その倍も入れて
(ふた)がきさらんので其のまんま持ってお爺さん(とこ)へ見舞いに行った。

 そして重箱のへんで其処(そこ)へ置いて帰って来た。

晩方お神さんが又お爺さんの(とこ)へ行って見ると、

お爺さんはポロポロ涙を流しながら「(わし)ももう長い事はない」と云う。

「どうしてな」とお神さんが聞くと、

「あれほど好きだった牡丹餅がどうしても食べ切れん、もう駄目だ」と

お爺さんはため息を()いて居る。

 お神さんは「一つの牡丹餅が食べ切れんのか」と気の毒がって、

戸棚を覗いて見たら、あんなに沢山山盛りにあった牡丹餅が、

たった一つ切り食べ切れずに重箱の隅に残してあった。

お神さんも(あき)れて「それでもお爺さんよう食べれたなむ、まんだなかなか死ねる(どこ)じゃあない」

と云って帰って行った。

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