爺と婆と鼠の國

 

 
 昔ある所に正直なお
(じい)慾深婆(よくふかばばあ)があった。

(じい)が畑作りに行ってお昼のお弁当を食べて居ると、

おさいの煮豆が
一粒(ひとつぼ)コロコロッと()れて行って、

小さい穴ん中へ
()れ込んだ。

「あれ、こんな場にこんな穴があったんだなあ」と思っとると、

穴ん中からいい声で唄う上手な唄がきこえて来た。

唄がおしまいになったもんで、又無理に煮豆をその穴へ入れてやると、

やっぱりいい唄がきこえて来る。

幾度も煮豆を入れちゃあ唄を聞いとる(うち)に、豆が無くなってしまったもんで、

今度は、食べかけの御飯を
(みんな)入れてやると、

何時(いつ)までも何時(いつ)までも穴ん中から面白い唄が聞えて来た。

その唄がおしまいになると、小さな鼠が一匹その穴ん中から出て来て

「お爺様、
先刻(さっき)はどうも御馳走様、

お礼にわしの國へ連れてってあげ
()いで一緒に行かんかな」と云った。

お爺が「是非(ぜひ)連れてっておくれ」と云うと、

「そいじゃあ、(わし)がいいって云うまで目をつぶっておいな」と云うので

お爺が目をつぶっておると、鼠はお爺をつれて穴ん中へ這入(はい)って行った。

鼠が「目をあいてもいい」って云うので目をあけて見ると、

其処(そこ)は鼠ばっか住んで居る國だった。

お爺をつれて来た鼠が、「これからお殿様の御殿へ連れてってあげるが、

この國では猫の真似だけはせんように」と云って、

鼠のお殿様の御殿へ連れて行ってくれた。お殿様は大変によろこんで

先刻(さっき)は大変御馳走を呉れて有難かった。

お礼に何でもお前の好きなものをやる」と云うので其処らを見廻すと、

いろいろな宝物が一杯積んであった。慾の無いお爺は、

その中から一本真赤に錆びた刀をもらって、
先刻(さっき)の鼠につれられて、

目をつぶって前の畑へ帰って来た。

お爺が錆刀(さびかたな)を持って家へ帰ると、

慾深婆(よくふかばばあ)が、お爺の帰りの遅いのをおこって、

「馬鹿
(じい)、今頃まで何をしてけつかったんだ」と云うので、

お爺が鼠の國から刀をむらって来たことを話すと、
慾深婆(よくふかばばあ)は、

よけい怒り出して「馬鹿じじい
()、そんな錆刀(さびかたな)一本ばか何のたそくに成る、

明日は俺が行ってもっといい物をむらって来る」と云った。 

()けの日、慾深婆(よくふかばばあ)が畑へ行って、

お昼の弁当の時、煮豆を穴へあれ込ませて見ると、

成る程お爺の云った通り面白い唄がきこえる。

慾深婆(よくふかばばあ)は、お爺の話した通りに真似をして、

食べかけの御飯までその穴へ入れてやると、

やっぱり
何時(いつ)迄も何時迄も唄がきこえた。

唄が終ると鼠が出て来て、昨日お爺に云ったと同じことを云った。

お婆が目をつぶって鼠の國へ行くと、矢張り「
此処(ここ)では猫の真似をせんな」

と固く云われて、お殿様の御殿へ連れて行ってくれた。

お殿様の前まで行ったら、そこには目もさめるような宝物が一ぱいに積んである、

お婆は其の宝物が
(みんな)しくなってしまって、

鼠共をおどかしてやらっと思って「ニヤーゴ」と一と声猫の鳴き眞似をすると、

鼠達は
「それ猫が来た」と大さわぎをして皆何処(どこ)かへ行ってしまい、

あとには宝物も御殿も皆消えてしまって、暗い穴ん中に慾深婆一人だけが残ってしまった。

婆は仕方なく、どうかして地面の上へ出っと思って、

土龍(おもらもち)みたいにもくもく土を押し分けて出て来た。

お爺は一人、お姿の帰りを待ちながら、土間で餅をついて居ると、

急に足元の土が動き出して、その土の割れ目から、

土龍(おもらもち)みたいな毛の生えたものが見えたので、

鼠の殿様からもらって来て腰にさしとった刀をぬいて、

「この
土龍(おもらもち)()」と云ってスポーッと切りつけると、

それは
土龍(おもらもち)じゃあなくて、慾深婆様の頭だった。

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