遠山奇談 後編巻之一
第一章 發 端
前に四冊にして遠山奇談とはしにしるし印彫(いんこく)せしものは、京都本願寺大堂の御
再建に付て、かの遠山に良材あることをはかりて、遠州三州の同行、せつに心をつくし、いよ
いよ取出すこととなりて、いろいろの奇説どもありしを、事終りて後、見聞の人々、口つたへ
にのみありては、後々奇説のかくれ失なんことをおしみて、これやかれやと、書あつめ世のも
て遊びとなし、一つは佛道にこゝろざす、たよりにもやなるべしと、梓にちりばめしが、見る
人聞人、いかにも肝をひやし、是を嘆ずるもの少からず。
ある人猶おしみていはく、前に印刻せし遠山奇談は、遠江より見渡す、表斗(おもてばかり)
のことをしるせり。此山の表斗のうちに、もれたる事實亦多し。
又はじめに信濃路へ行て、所々一見せしに、」奇なることどもの有しを、願くは書ならべたし。
遠山は四十里の大山にて、甲斐信濃に多跨りしが、山の裏手の奇事、信濃路にかゝりての奇談ど
も亦多し。
さて山入の時、遠山より信濃路へ越て、信濃路の古風を、見ならひて、それを手本として、
遠山の谷々ヘ蒿架(あししろ)をかけ、材木を取出すべしとて、信州の深山へ参りたりしが、
信濃にも亦奇談多あり。又槻を取出すに付て、佛の加威力(かびりき)などと思ふ奇瑞あるこ
とども、かずかずもれたることもあるべし。
此たび又書あつめ、遠山奇談の後編とせんものと、同行とりどり思ひいずるまゝ、再び筆を
とりはじむ。
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