第二十一章 たてしな山雷獣雷鳥の事


 立科山に、夜中に鶏鳴聲ありといふこと、世上の風聞なれど、何をもつていふや。

夜中に鶏のこゑはきかぬが、雷の時晝夜にかぎらず、鳥の
こゑすることあり。

正しく此事をいふことなるべし。ある人水無月の末
に、山にのぼりしが、霧ふかくして、人聲

たへたるに、鳥六七見へた
り。羽さき丸く、高く飛さらんことを、はかりて、終に數輩、東西

に立
わかれしを、笠をかざし杖をならして、追ふに甚だたけくして、聲はなし。

ついに岩間へことごとくかくれたり。雛一羽残りしが、雛をよぶ其
こゑ蟲の鳴ことし。

幽栖の鳥ゆへ人におどろきて、聲を出さずと覺ゆ。は
からず、其雛をとらへたり。

大きさ鳩のごとく、黄脚
(きすね)の高さ五寸、鉾色(ほこいろ)は鶉のごとし。

目のうへくぼみて、是も丹頂の気ざし見ゆ。

とらへて親鳥のうらみあらば、よかるまじとて、放し逃す。

さて此所をさること半丁斗行しに、やがて鳥の群り鳴こゑ、鳥の大きなるこゑのごとく、山


にこたまして、すさまじく、見返しみれば、今の鳥也。鳴終ると夕立
して、雷鳴。

其夕立の間に、又かの鳥鳴。なき終ると又雷鳴。此鳥雷の
気をかんじて鳴と覺ゆ。

こゝによつて此あたりの人雷鳥といふ。人家に
は見馴ぬめづらしき鳥也。

さて又、此山に異獣あり。夏雷雨の起る時、
小獣嚴に、あらはれ雲を望み、飛で雲に入。

其勢ひ、絲を引ごとく火を
顕し、數十疋須臾(しばらく)の間に、雲に飛入やいなや、夕立し

て雷鳴する。

 あるとし、何としたりけん、此小獣夕立のゝち、山より死して流れいづる
を、人こぞりて取

あげ、みるに、かの獣なり。しかも二疋あり。大きさ
小犬のごとくにて、灰色。毛松葉の針の

ごとく、手をさへるに、いらつ
きて手掌痛し。頭長く鳥のごとく成口ばしあり。

嘴は半Kし。尾は狐の
ごとく、ふつさりとしたり。利爪(つめ)は鷲よりもたけく、

深山大木などに、
爪の痕あるものは、決して是也。

 土佐の國の海邊に雷汁とて、酒などたぶることあるよし。決して是成べし。小犬位のものにて毛は
針のごとしといふ。まさしくこれなり。

 此獣をえし時、かの土佐の噂をきゝて、血気弱冠(ちのひとびと)うちより、雷汁をせんと

いふに、所長
(ところのおさ)いましめて曰、土佐は、とり喰ふことあるべけれど、それは生た

るを捕へて、庖丁もて料理するにて、障りもあるまじ。

今是は何の障にか、自滅する。其よしを知らねば、必喰ふべからずといふ
に、皆々喰ふことを

止たり。

 然るに過しことにて待りしが、明和七年閏七日伊奈郡駄科むらにて、雷獣を捕得たることあり。
又江州鏡の宿にて雷獣をとらへたるを、委しく見たる人
あり。
これは近比の事也。
 六月十日雨しきりにて、農夫すべきやうなく、野
外を逃はしるに、電光目を閉いかづち耳もと
にひゞき、二人の間へ落るもの
あり。さきなる農夫の肩に飛つき、肩を踏んで騰らんとするを
取りあへず跡にいる猛者はしりかゝりて、かのけだものを大地へおとし、押さえ搦捕らえたり。
彼押さえつけし掌のうち疵だらけにして、血ながるゝは、かの毛針のごとくなるゆへなり。
 鏡の宿の人々、雷を捕らえたりとさたして、見るもの市のごとし。
其けだものゝかたちはい
づれも同じことなりといふ。

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