遠山奇談 巻之三
第十一章 小畑へふたゝび帰り深山の物語して蟇のわけをいひあへる事
さて小畑村奥山平右衛門屋敷へ再びかへり着て、山おくのことゞも咄しける中に、かの蟇に
出あひたることをいえば、平右衛門打驚き、さてさて危きことならめ。つらつら思ひ出るに、
おのおのやどりせし古き小屋は思ひあたりしことあり、六七年前里人五六人ばかり椎茸岩茸な
どを作るとてわれにつぐるゆへ、免して山奥へやるにいづくへ行しやひとりもかへらず、不審
におもひ人をもつて是を見せしむに、小屋はかたく結びて調度などそれぞれにありといへども
人はなし、しかれども其よしをしらねば小屋をほどくにたよりなし。今に其まゝなりしが皆々
はそこに宿りしならん。
されば先に椎茸をいとなむ人もつゐに其蟇におかされしならんと、はじめてさとして(ママ)おそ
ろしくぞ覚ゆ。今又おのおのがたつゝがなかりしは、いかなる徳ありてかと不審しける。
それに付此あたりの山住にては、幼稚(おさなご)をねさすには障子など閉て用心する也。
山中にては幼稚をひきしためしある也。
おのおの方蟇にも犯ざるは、全く今度の丹誠をかんじほとけのはからひ成べしや、重ねては此
うれへなきやうに打とめたるなるべしと、おしはかり思へばいと尊くぞ有けるといふ。
皆々平右衛門の物語をきゝて更に命を拾ひし心ちぞする。
此日はこゝに逗留してあるじと共にさまざまの物がたりをして、しばらくつかれを休息
(やすめ)しとなり。
第十二章へ