第九章 大木かずかず見付けしことに大鳥飛さり 三尺ほとの鏡の事

 
 けふはむかふの山へこすべしとて、澗
(たに)をわたりゆかんとするに、はかりなき深谷

ゆゑ、立木二本をうちこかし枝をはらひ橋とし、杣日雇
(そまひよう)を先へわたし、つゞい

てやうやうにわたるに、又難所にて路なし。

綱をかけ五丁ほどの難所をゆけば大木三本見へたり。

いづれも一丈二尺より四尺廻り、長さ六七間のものなり。しるし置、それより螺(ほらのかい)とい

ふ難所にかゝる。

巌螺のごとくそびへ外に行べき所なければ、綱をかけつたひ行ども、岩かどたちて容易歩こ

とあたはず。

され共互に聲をかけ合してそれを心の力とし、つゐにのぼりぬる所は塩代山
(しほしろやま)

といふ。
こゝにはめづらしき大木あり。目通一丈八尺五寸、廻り、長さ九間なり。

あまりめづらしき大木なるゆへ、杣平五郎のいふには、もし此木は根あがりといふて朽木に

てやあるらんと疑ひ、問斧
(とひよき)といふて斧をもて打ければ、此響にや、大枝のまたよ

り何やらん大鳥飛さる。其翼一丈余と見へし。

みなみな驚しが、杣平五郎いふには深山には折々ゐるもの也。

定めて野ぶ
すまなどいふものならんとかたりぬ。

 此木後に用ふべき時材になしたる所、長さ九間にははゞ四尺二寸厚さ二尺余になる一番大虹梁になりたるよし。

 それより一の澤山へかゝりて大木あり。いづれも一丈二三尺廻り枝下いづれも七間余なり。

みなみな印を付、夫より又瞼岨をゆくに、八畳敷程なる平なる大岩に、あやしいかな三尺余

の丸鏡あり。

曠々たる深山の絶頂に磨たてたるごとくかゞやき、いぶかしさおそろしさいはんかたなし。

いとゞ山奥にて心ほそきに此あやしきことを見れば、物いふさへひそみにけり。

杣平五郎人々を制し必手などさすべからず、先禮をして行べしといふ。

此のち木を伐いだせし時も此かゞみあり。こゝをかよふ人はじめのことく禮拝して行なり。

此鏡みなみな不審しあへり。迫々考るに、是はまさしく此山の守護神魔鬼のたぐひ、いづく

のかはしらねど、神社の寶鏡を携へきたりて此平に置しならん。

奇なることといふべきか。

第十章へ