狐火の話

収録者  伊藤 善夫 信越放送飯田支局長
話 者  森下 一男 収録日 昭和56年10月27日


  いまからおよそ50年も前のことになるが、こりゃ実際あった話だ。
遠山にゃあ、夜川瀬(よがわせ)という集落があるが、あるひ、わしはそこの水田のまんなかあたり、
23メートル上に狐火(きつねび)があらわれたのを見た。

むかっしから、年寄り衆に、狐火というもんは光を出さっこ、ただ電灯の光のように明るく

見えるだけだちゅうことは聞いとったが、ふんとにそのとおりだった。


目の前を、ちょうちん行列が、北の押出(おしで)のほうへほうへと動いてく。

見とると、その火がたちまち近くの山まで、かけあがっていった。

そうしたら、みるまにあっちこっちから狐火が群がってきて、560(かたまり)になり、

すげえ明かりになった。

 だが、村の衆にあとでこんな話をしても、笑われるにきまっとる。

だれかに見せてやらずと思っとったら、ちょうど近くに学校の先生の(うち)があった。

 さっそく、「先生、あの火を見てごらんな」

「おお!おっそろしい火だなあ。ありゃなんつうもんだい」と、先生もえれえたまげとった。

「狐火って言うもんだと思うんだが、やっぱりああいうもんがあるずらか」

 そのときいっぺんきりのことで、あれからあ見たこともねえが、あれが狐火だったんか、

タヌキのわるさだったんだか、いまでもだあれもわからん。

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