猟師助作
収録者 伊藤 善夫 信越放送飯田支局長 話 者 後藤 忠人 収録日 昭和56年10月27日 |
これは、私が4、5歳のころお袋から聞いた話で、「寝る前に話しをしてやるぞ」と、
毎晩なにかなにか話しちゃあくれたもんです。
むかし、上村の程野というとこに、助作という猟師の名人がおった。
助作は、毎日、鍋や釜や食べものなどを大きな袋へ入れ,背板につけて背負い、
鉄砲をかついで、犬と山へ出かけた。ある日のこと、助作は暗いうちに起きて、
いつもの山へだんだん登って行った。
ところがその日は、一日中、山から山へ歩いたが、いつも獲物の出る場所へ行っても
一匹の猪も鹿も獲れなんだ。
そのうち、陽が暮れてきたんで、いつもの大岩の下へ泊まることになった。
助作は、薪を集め鍋にお米かなにかを入れ、晩の支度を始めた。
晩飯をすませた助作は、そのまま寝ようと思ったが、いつものとおり鉄砲を磨いた。
そのころの鉄砲は、上から鉄の棒でつついてタマを込め、頬杖といって、頬へつけて撃つものだった。
あしたの支度を終えた助作は、まあひとつ、寝にゃあしょうないと、袋から半纏をだして体に掛け、火のそばで眠った。
助作は、「ああ、雨になったなあ」と、うつらうつらしておった。
そのうちに、ゴロゴロゴロッゴロッーと大きな音がしだした。
はて、この音は岩が崩れたのかと思っとると、雨がだんだんしげくなってきた。
そのとき、犬がワンワンと、ふた声ばかり鳴いたと思うと、あとは地べたへ張り付いてしまい動かなくなっちゃった。
どうもいつもと様子がおかしい。助作は、なにか不思議なことがあるぞと、岩屋から出てみた。
夜が山の向うの空のほうから、だんだん明けはじめとる。
すると、岩の上のほうに、うすぼんやりしか見えないが、大きな山男がたっとった。
もう一方の岩に足を掛け、
「助作ー、助作ッー、この石をやるから受けてみろ」と大きな声で呼ばっとる。
助作は、「やあ、これが昔から聞いとる山男だな」と、あわてて鉄砲にタマを込めると、
山男のほうへかまえ、「やるぞー」と大声をあげて、一発ドーンと撃った。
ところが、そのタマはポーンと、跳ね返されてしまった。
岩は、ぐらっ、ぐらっ、ぐらっと、動いとる。
これを投げられたら、木っ端微塵にやられちまう。
助作は、危機一髪というときに使う銀のタマを込めて、「やるぞっー」とまた撃った。
すると、わき腹へ当たったのか、山男は岩もろとも、ガラッ、ガラッ、ガラーと、
下の小川まで落ちていった。
助作は、急いでタマをつめなおし、はるか下の小川を覗き込んだ。
川の中には大木のような山男が、ウンウンうめきながらも、足を動かしとる。
「よし、しめたぞ」だが、まごまごしとると、また起きてくるかもしれん。
助作は、鉄砲をかつぎ、犬を連れて山をどんどん下った。
助作は、夜がしらしらと明け渡った時分に、やっと家の近くまで来た。
すると方々の衆が、「助さ、獲ったかぁ、どうだぁ」と呼ばる。
だが、助作はものもいわず、家の中へ駆け込むと、そのまま布団を敷き、寝込んじまった。
それから、二日後、助作は息をひきとった。
助作は死ぬ前、子供たちに「猟師はやるなよ、鉄砲撃ちは、やめれよ」と言ったという。
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