タヌキの話

収録者  伊藤 善夫 信越放送飯田支局長        話 者  佐藤 四郎 収録日 昭和56年10月27日

                                 

 これは実話で、今から15,6年前のことですに。
日曜日、小学校4年になる男の子を連れて、漆平島(しっぺいじま)という(うち)栗山(くりやま)栗拾いに行ったときのことだ。
県道端(けんどうばた)へ自転車を置いて、親子二人で山道を登ってくと、前からみたこともねえおかしな(けもの)
こっちへ向かってくる。

「はてな、変わった獣だが、ひょっとするとこりゃあタヌキかもしれん」
そばまで近づいてみると、どうも様子がおかしい。
病気だかなんだかわからんが、ヨタヨタしとる。

「よし、こりゃひとつ
生け捕(いけど)りにしてやらまいか」
栗拾い用の
麻袋(あさぶくろ)とハサミを持っとったんで、そのタヌキらしいもんを袋ん中へ追い込もうとしたが、
(あば)れまくってどうにもうまくいかん。
「こりゃだめだわい。
下手(へた)あすると、食いつかれるぞ」
「しょうないで、前でへ追いたくるか」
ホイ、ホイと大声で
(おど)かすと、そのタヌキらしいもんは、山道を駆け上(かけのぼ)って逃げてく。
「どこへいくか、追ってかまいか」
どんどん追ってくと、道が二つに分かれているとこに出た。
 すると、今度あ、その獣は道を下り始めて、どうもこうもできん。
「どうせ、俺たちの手にゃおえんわ。しょうないで栗拾いに行ってこまいか」
と、
あきらめて栗山へ出かけ、
()1時間、栗を拾った。
 帰りがけ二人で、
「さっきのタヌキ、まんだ()るづらか」
「へえおらんわ。いくらなんでも、あれから
時間も()っとるに」
「そりゃあ、そうだわなあ」と、話しながら山道を下りてきた。

なんと、さっきんとこに、まだあの獣がじっとしとる。

「こりゃあ、よくよく俺たちに
(えん)があるぞ。それじゃ下の県道まで追い出すか」と、
ワイワイタヌキを追いだしながら、道を下った。

県道の
(わき)にゃあ、和田の町へ通じる用水が流れとって、その用水にゃ、小さな橋がかかっとるが、
どうしたことかタヌキの奴め、
橋の上からズボンと落ちちまった。
「やっや、拾え、拾え」と、息子は急いで飛んでったが、流れの先きゃあ、
隋道(ずいどう)になっとるもんで、
出口で待っとって拾い上げたが、
タヌキは、もう死んどった。
しようないで、星野屋へもってって、剥製(はくせい)にしてもらい、
それを家に飾って、毎日
(なが)めとるちゅうわけだ。

次の作品へ