ある峠物語

 今は昔。ここは、あっちの村とこっちの村とをつなぐ峠の山道。
実は、この峠には……………。
「おーい。また出たっちゅうぞぉ。」

「おお、そうだっつなあ。」
「わしゃあんとこの娘も、あっちの村に嫁に行っとるに、これじゃあ会いにも行けんわ。」
 おらあ、こっちの村のみかりおっちゅうもんだがよ。
この頃あの峠じゃあ、夜うさ子供が出て来て、通る人つかまえちゃあ、

「おんぶして。」
っちゅって言うんだっちゅうに。
そいだもんでおぶってやると、どえらいひゃっこい感じがするっちゅうだに。
ほいだもんで、狐か狸にばかされとってよ、夢でも見とるんずらっちゅっとったがよ、こう毎晩じゃあ
気味悪いっちゅって、村の衆はみんなおっかながって通れんもんで困っとるんだに。
そいだもんで、力持ちか、知恵者に正体をつきとめてもらわまいか、っちゅって、村の衆みんなで殿様
んとこへ行って、こんなお札を立ててもらった。


―あっちの村とこっちの村との間の峠に毎晩出る子供の正体をつきとめてくれる者を募る。
正体をつきとめた者にはほうびをとらす―


 そりゃあ、おらだって村の衆がこわがっとるだで正体つきとめてみんなを安心させてやりたいがよ。
おらあ、こっちの村もろくろく歩いてみたことないんだに、そんな峠へ行って帰れんくなったらかなわ
んし、化けもんなんかに出会ったらおっかなくて正体つきとめるどこのさたじゃない。
おく病みかりお″っちゅって呼ばれとるくらいだで。

 今日、どっかから、どえらい力持ちだっちゅう男が
「今晩、さっそく正体をつきとめてみるで。」っちゅって殿様のとこへ来た。
そりゃあ、でっかい、見るからに強そうな男だで、

(これで村の衆も安心ずら)っちゅって思った。
 村の女衆も、
「がんばってもらわにゃあだで。」っちゅって、でっかいにぎり飯をこさえて男に持たせたんだに。
男は「城で待っとってくんな。」
っちゅっていうもんで、村の衆みんな集まって待っとった。 

もう山へ日が落ちてどれくらいたつずらか。
「もう、そろそろ子供が峠へ出て来るころだがなあ。」
村の衆がそんなことを話しておった。
 と、
バターン!ドタドタ! 
そして、おっそろしい顔つきのあの力持ちがとびこんできた。
おらあ達もたまげて、

「何事がおこっつら。」
っちゅって思ったもんで、村の衆でわけを聞いてみた。
そいだが、その男、目を白黒、息はあはあっちゅう有様で、話なんかとても出来そうになかった。
そいだもんで、水を飲ませてみたりして、落ち着かせたんな。
やっと落ち着いたかなあっちゅうころ、男は話し始めた。

 その話によると、まだ年端もいかん子が、『おんぶして。』っちゅってそばへ来たっちゅうんな。
それで男は、
『これが話の子供だな。』って思ったもんで、縄をとり出してその子にとびかかったんだっちゅうに。

ほいだけど、男の手に冷たい感触があったなあ、と思った時にはもうおらんかったってよ。
 そんなわけで、最初の男は失敗に終わった。
村の衆もがっくりしたがよ、その男も背を丸くして、しょぼしょぼ国へ帰ってった。
くやしかったずらに………。

 それからも、何人もの人が「私が正体をつきとめてみせます。」っちゅって殿様んとこへ来た。
色んな術つかいやら、大男やら、知恵者っちゅう人がな。ほいだけど、ひとおりも正体をつかんで帰ってく
る者はおらなんだ。

 おら、今床の中で考えとる。
このまんまじゃ、あっちの村とこっち
の村とが何の交わりもない、全然知らん人同士になっちゃうんじゃな
いずらかって。
今晩も、あの峠じゃあ、子供が、『おんぶして。』っちゅって、村人が通るのを待っとるかもしれんなあ。
うん、明日殿様んとこへ申し出てみよう。
そうして、一回あの峠へ出る子供に会ってみよう。

 ―とうとう朝だ。
ゆうべはあんな決意をしたがよ。
いざとなるとどうもあかんなあ。
ほいだが、村の衆が困っとるだに、いつもいつもお世話になるばっかりじゃなあ。
よし、今の気持ちがうすれんうちに行くぞ、殿様のお城へ―。

「わっはっは……! お前が正体をつきとめるじゃと?」
「はい、今まで何人もの人が失敗してきました。でも、このままではあっちの村の衆も困ると思うんです。」「ふーん。しかし、お前はおく病で力もないとうわさされているではないか。」
「でも、必ず私めが。力がなくとも、勇気をもってやりますので。」
「よし、じやが、これでだめならわしは、この土地を見捨てることにする。いいか?」
「はい、では、さっそく今晩。」
「うむ。」

 おら、殿様に一度だけチャンスを与えてもらった。
もうあたりは暗くなり始めてる。
お城じゃあ、村の衆みんなが待っとる。
子供の正体をつきとめて帰って来るおらを。
麻縄をもって、おらは峠へ出かけた。

 化けもんみたいに色々な形の木。
真暗な空。静かな峠。

「おじちゃん、おんぶして。ねえ、おんぶしてよ。」
 ひゃっ! 出た出た。ふり向く。
まだ年端もいかんかわいい坊がおる。
何で毎晩こんな場に出てくるんずら。
そう思ったら、しばらくおぶってやろう、という気になってしゃがんで、子供に背をむけた。
子供はうれしそうに、おらの背でしばらく目をつぶった。
それにしてもなんて冷たいんだ。おらの背がゾクゾクする。
ほいだけど、がんばらにゃあ、そればっか思っていっしょうけんめいだった。

「な、な、なあ、坊ず。よ、ようさ、こんな場でおんぶしてもらってどうするだ。」
「おら、おとうの背が恋しいだ。おかあの胸が恋しいだ。おらは、おとうとおかあが明神様にお願いして
さずかったっちゅって、うんとかわいがられとったっちゅうに。そいだけど、あんまりのら仕事が忙しい
で、そのうちおらにはご飯をくれるのを忘れるようになった。そのうちおらの腹には何もなくなって、こ
んなにやせて死んじゃった。もう昔の話だに。」

 もう昔に死んだ、だって! 
おらはびっくりした。
一瞬どうせずかっちゅって迷った、迷った。走って逃げようか!
 ほいだけど、あんまりたまげたもんで、足がガクガク。
へタへタとそこにすわりこんでしまった。そいだもんで、いっしょうけんめいんなって
(神様、仏様、ど
うかおらのこと守ってください)っちゅって心ん中でお願いしとった。

子供は、おらのひざへまわってチョコンとすわった。
そいで

「おじちゃん、逃げないね。
今まで何人も何人もここへ来たけど、みんな逃げちゃった。
縄で縛ろうともしたよ。なんでだら。」

 おらは思った。
逃げようっちゅって考えた自分が恥ずかしかった。

考えてみれば、こんな小さい子だに、温ったかい人間が恋しいずらに。
そう思うとその子供がかわいそうでかわいそうでたまらんかった。
そいだもんで、今晩は楽しく夜を過ごさせてやらっともって、そのまんまいつまでもひざに抱いてやった。
そいで、一寸ぼうしやら、金太郎やら、いっぱい話して聞かしてやった。
子供は、キャッキャッゆって喜んどった。
ほいだが、時間はどんどん過ぎて、あたりが明るくなってきた。

すると、子供は、
「もう、夜が明けるね。おじちゃん、ありがとう。」
っちゅって、すーっと消えた。
おらは、しばらくその峠にぼーっとして立っとったが、村へ帰らにゃあ、と歩き出した。

「そういうことだったかあ。」
「おらも、むかあし、そんな子供の事を話に聞いたことあったなあ。」
 村へ帰って、お城で村の衆にみんな話して聞かせると、それぞれ色々言っとったがよ、誰が言いだしたか、
「ほいじゃ、ほこらをたてて、何かそなえてやらずなあ。」

っちゅうことになった。
ほいで、さっそく峠にはこらを建てておそなえをした。
一瞬まわりが明るくなって、

「ありがとう。」
っちゅう声が聞こえたみたいだったが、おらの耳がおかしかったんずらか………?

 その晩から、子供が峠へ出るっちゅううわさもなくなった。
おらもたまにゃあ行ってみるがよ、もうほこらがあって、何か何かがおそなえしたるっきしで、子供の姿は見
えんようになった。

―今は昔。
あっちの村とこっちの村とをつなぐ、ある峠での話じゃった。

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