ほおずきのなる頃

 昔、むかしの話だがな、遠山谷に庄屋がおった。
その庄屋に「初音」っちゅう、女の子がおったんだ。年の頃は十一、二だったかなあ。

初音は、そりゃあ気立てがよくて心のやさしい子だったんだに。
初音の友達に「おこう」っちゅう同い年の子がおった。
おこうの家は、村はずれにあって、おとうもおかあも死んじまっておらんくて、かわいそうな子だった。

家は貧しいし、みすぼらしいもんで、村の人にはあんまし相手にされんかったんだわ。
そいでもおこうは、心がやさしくて友達思いのいい子だったんだ。

これから話す話はな、「初音と「おこう」のかわいそうな話なんだわ。
聞いとれや。 
きょうもな、初音とおこうは、野っ原で遊んどったんだに。
昔だもんで、おもちゃなんかないだあ、そいだもんで「はおずき」で風船なんかを作って遊んどったんだ。
草や木が、初音達の遊び道具だった。

そうやって仲よく遊んどる二人を庄屋はな、おこるんだわ。
きょうもな、
「もう暗くなったで家へ帰らまいか。」ということで、初音はな、おこうと別れて家へ着いたんだ。

そしたら、庄屋のどなり声が、きょうも聞こえてきたんだ。
「初音!!お前は、またあのおこうと遊んどったのか。毎日毎日、よせって言っとるにまだあきんのか!!」
「おとう、なんで、おこうちゃのことをそんねえに悪くいうだ。いい子だに………。」
「おこうっちゅう子はな、二親とも死んじまっておらんし、村の衆みんなが、やあがっとるじゃねえか。」
「み、みんなが、やあがっとったって……おらは………。」
初音は、その場で、おいおいと泣きくずれてしまったんだわ。

 次の日も、初音はな、家を抜け出してな、おこうと遊んどった。
おこうはな、初音の家の事情がわかってな、
「初音ちゃ、おらのためにおこられて悪いな。おら、何も知らんくて……………。」
「おこうちゃ、何言っとるよ、そんな事ないってば、変なおこうちゃ。」
「初音ちゃ。」
その日も、二人は暗くなるまで遊んで、帰っていったんだ。

 ところが、いつになっても初音が帰らん。庄屋は、あんじてあんじ
て、おこうの家に行った。                 
「初音は、初音は、おらんかあ。」
「庄屋さん、どうしたんです。こんな時分に。」
「初音がおらん。」
「初音ちゃが。」
「お前となんか遊んどるで、こんな事になったんだわ。」
庄屋はそういうと、外へ出ていき探し始めたんだ。
おこうは、しばらくの間、ポカーンとしとった。
そして、はっと気がつくと、あわてて外へ飛び出して初音を探した。

「初音ちゃあ、初音ちゃあ、おらだに、おこうだよ。」

 おこうは、死にものぐるいで、一生懸命探した。
そしてな、初音をさらったのは山んばだという事を耳にした。
そいで、山んばのおる山へ入っていったんだ。
足は、草や木で切れて血が出とる。おこうは、目の色を変えてな

「初音ちゃあ、初音ちゃあ。」って探したんだわ。
 そしたら、やっと見つけたんだわ。
いいあんばいに山んばは、どっかへ行っとっておらんかった。
二人はな、抱き合って喜んでな、すぐに、そっから逃げた。走って走ってな。
山んばは、二人が逃げていくのを見つけて追いかけた。
夜中ん中を走った。
山んばも追いかけた。

口を大きくあけて、目はギョロギョロ。
山んばの手が初音の肩に。ふりはらう。息が切れる。早く早く逃げろ。
 

 だが、二人は行きどまりに。

美しい滝の行きどまり。
山んばが追いつく。
二人は、もう一度手をきつく握りしめて………飛んだ。
水のなかへ……………。

 山んばはびっくりした。
友達のために、こうまでできるのかと。

いつもひとりぼっちの山んばにとっては、うらやましかった。
一度も出たことのない涙というものが、山んばの目から。

 しばらくしてな、どういうわけか、
二人の飛び込んだ付近には「ほおずき」がなるようになったんだわ。
山んばは、せめてものつぐないにと思ってな、「ほおずき」のそばでそれを守っとった。
何年も何年も。

そうして石になったんだわ。
小さい「ほおずき」の横に山んばの石がな。

 そいでな、毎年二人が飛びこんだ季節になると「ほおずき」は、水の中へ落ち、静かに消えてしまう。
カラカラ音をたてながら。


 夫婦池