夫  婦  池

 昔、昔のことだ。
伊那谷に小さな村があったんじゃ。
その村のしゅうは、とても仲よく暮らしとったけど、一つだけなやみがあった。

それは、村はずれにある池の主の大蛇のことだった。
その池は、あまり大きくはなかったが、そのかわり、池の底が見えるほど水がすき通って、とってもきれいなんじゃ。その大蛇は、その池に住みついて主にななったんじゃ。
その大蛇はしょうないことに、村へ来ては、家畜や人をさらっていってしまうんじゃ。

 その村には、おせんっちゅう心の優しい、美しい娘がおったんだ。
おせんには、げん助っちゅう好きな人がおったんだ。

 ある日の事だ。
おせんは、妹のおさよといっしょに遊んどった。
そこへ大蛇が来て、おさよをさらっていってしまったんじゃ。
おさよはまだ、たったの八才だった。
おせんは、たった一人の妹をさらわれたくやしさでいっぱいだった。
おせんはその時、心に決めたんじゃ。

「必ず、あの大蛇を退治して、おさよのかたきを取ってやるんじゃ。」
おせんの父親は、おせんが小さい時、大蛇を殺そうとして、大蛇に殺されてしまった。
また、妹のさよまでも大蛇にさらわれてしまった。

 だから、母親と二人きりで暮らしておったんじゃ。
それから一年、二年と、年月が過ぎていったんじゃ。
だけど、おせんの決意は変わらなかった。
おせんは、大蛇を退治するのに何かいい知恵はないものかと考えた。
でも、おせんには、いい知恵がうかばなかった。

 だから、村の長老の所へ知恵をかりに行った。
長老は
「何故おまえさんが、そんな事をきくんだね……。まあいい。大蛇を退治する知恵というても、別にないがのう、
昔の伝説で、何か、心のやさしい者のきもを食べると死ぬと聞いたことがあるが、あんまりあてにしんほうがいい。
あの大蛇にはあんまり近よらんほうが身のためじゃぞ。」

 おせんはしぶしぶ帰って行った。
おせんは長老が言ったことを思い出した。
「ああ、あの手があった。」
おせんは、もうすぐ大蛇を退治できると思うと、もう、うれしくて、うれしくてしょうがなかった。

 道を歩いとったら、げん助に会った。
おせんは、はっと思った。

「どうしたんだ、おせんちゃん。何かなやみでもあるのか。」
「う、ううん、なんでもないんだ。じや、さいなら。」
おせんは、すっかりげん助の事を忘れていた。
「ああ、どうしたらいいだろう、すっかりげんさんの事を忘れておった。どうしてもおさよのかたきをとりたい。
でも………。」

 おせんは悩んだ。
おさよや村の人達のために大蛇を退治するか、それとも、げん助といっしょに暮らすか。
それからというもの、おせんはげん助と、ちっとも口をきかんようになった。
村の人も不思議がった。

「あんなに仲のいいおせんちゃんとげんちゃんが、けんかするとも思えないがねえ。」
村の人々は、みんなそう思っていた。
げん助は、それこそ心配だ。
「何かおせんちゃんの気にさわったことを言ったっけな。」

 げん助は、どうしておせんが自分をさけるようになったのか、そのわけが知りたかった。
だから、おせんにわけを聞こうとしたんじゃ。

「おせんちゃん、おら、おせんちゃんが気悪くするようなこと言ったっけな、もし言ったんならあやまるから口を
きいてくれよ。それともなにか悩みでもあるのか。もしあったら、なんでもいいから、おらに話してくれよ。」

げん助は、こう言って帰っていったんじゃ。
 おせんは、げん助に話してみようか、どうしようか迷った。

 次の日、おせんはげん助の家へ行った。
そして、今までのわけを全部話した。

「おせんちゃん、そんなことしちゃだめだよ。いくら妹のおさよちゃんや、村の人たちのためだって言っても、
おせんちゃんが死んじゃなんにもならないじゃないか、だから、そんな事はしないでくれよ。」

おせんも、考え直したみたいだった。

 月日が流れて、おせんも、もう大蛇を退治しようなんてバカな事は考えなくなったんじゃ。
そいで、おせんは、げん助と夫婦になって、仲よく暮らしておった。

 ところがある日、今度は、おせんの母親が、大蛇の下じきになって死んでしまった。
おせんはもう、がまんができなかったんだ。
そいで、今度こそあの大蛇を退治してやると心に決めたんじゃ。
そいで、その池へ走って行ったんじゃ。
おせんが池へ行ったとわかったげん助は、後をおいかけて行った。

 池の前でおせんは、今にも飛び込みそうにしてたんじゃ。
それを見てげん助は、あわてて止めようとした。

「おせんちゃあん。待ってくれ。おらもいっしょに飛び込む。」
「げんさん、そんなことだめだ。げんさんはこの村に残って、後をお願いします。」
 ドボーン。おせんはそういって池に飛び込んだ。
げん助もすぐ後、

その池に飛び込んだんじゃ。

 それから間もなくして、大蛇の死体が池の上に浮かびあがっていたんじゃ。
村のしゅうは
「げん助とおせんが大蛇を退治してくれたんだ。
この村を救ってくれたんだ。」
と、口々に言っていた。

 それからというもの、村は、毎年豊作に恵まれ、人間や家畜も元気に育ったんじゃ。
そいで、村のしゅうは、
「きっと、今でもげん助とおせんが、この村を見守っていてくれるんじゃ、ありがたいことだの。」

と、おせんとげん助を供養するために、その池に、二匹のこいをはなしたんじゃ。
そのうちに、その池にはたくさんのこいが泳いでいたんじゃ。

 どういうわけか、その池に来た夫婦は、とても仲がよくなるという話じゃ。
そいで、いつの間にかその池を、夫婦池と呼ぶようになったんじゃ。

 めでたし、めでたし。


 弥生