弥 生
昔なあ、この村に弥生っちゅう女の子がおったのよ。
おかっぱ頭で目がくりくりしとって、かわいかったんだわ。
そいだが、何しゅう、どこの子だかがわからんかった。
その子は、いつ洗ったんだかわからんような紺のかすりを着とって髪の毛もボサボサ。
よぉ、かまわれとった。
石ころをぶっつけちゃぁ喜んどった子どももおったわ。
みんな、かわいそうだと思わんかったのかっちゅやあ、そんなこともない。
そいだが、そう思ったのは、たった一けんだけだった。
そこの家のしゅうまでかまわれてなぁ、田んぼはあらされ、畑はメチャクチャ。
弥生は決めた。
村を出ていこうってな。
村の不作を、弥生のせいにまでされちゃぁおれんわ。
家のしゅうは、弥生のことを暗くなるまで探しとった。
でも、見つからん。村を出たな、と思ったらよ。
弥生も山道をトコトコと歩いた。
これからのことを、いっしょうけんめいに考えておった。
そりゃぁ、今までのことを思えばつらいでなぁ。
朝がた町に出た。
ちょっと、はだ寒く感じたが、しょうなかった。
知らん町。これから、ここでくらさにゃならんかった。
もう、すりきれそうなじょうり。
はだし同然で歩いてきたんだらよ。
こっちの方はこれからが忙しい時期でなぁ、みんな畑か田んぼにせいを出しておったもんよ。
そんな時、手をかしてくれるっちゅやあ、みんなうれしいもんで、いいよっちゅって、手伝わしてくれてな、弥生も、かすり着で、はだしでやったそうだ。
それから、そこの家に住むようになった。
弥生の姿を改めてみたら、なんともひどいもんで、服をくれたそうだ。
じようりもな。
弥生は、この家のために、いっしょうけんめいに働いてなあ、そりゃぁもういい子だっちゅう評判は、もう広まったのよ。
十五、六で、いい娘になってなあ。
そんなころ、町の庄屋の息子・庄吉が、弥生を好きになってなぁ。
大金持ちの庄屋と、農家の子じゃぁ、だれも仲よくなるとは思わんかったらしいわ。
そのうちに二人は、だんだんと会うようになったそう両家の耳にはもちろん、町の衆の耳にも入ってなぁ、大金持ちの息子が、どっかの村から出てきた、誰の子かしらん娘と結婚するなんてなぁ、と町の衆は不自然に思っとったらしいな。そいだが、当人同士は全然だった。
両家の衆が、こりゃまたいい人で、すぐに同意したそうでなぁ、町の衆もびっくりしたらよ。
そいで、二、三ケ月もしんうちに、弥生は、庄屋のうちへ嫁いだそうだ。
そりゃぁ、きれいな涙をちょっと落としたのよ。
すっかりきれいな娘になって、みんなをおどろかしてな。
それからの毎日といったら、弥生にとって夢のようなもんだ。
じきと子供もできて、庄屋のうちは大騒ぎ。
おじいさんも、おばあさんも、みーんないい人ばかりで、弥生の生活っちゅうたら、もう、人一倍幸せだったのよ。
そんなころ、村の方では、まだまだ不作が続いとってなぁ、みんなたいへんだったのよ。
そいだが、どういうわけか、弥生のおった家はそれほどでもないが、物ができてなぁ、そんなにも困っちゃぁおらんかったんだわ。
その家では、まだまだ、弥生のことを忘れてはおらんかったそうで、うちじゃぁ、弥生の話をしとったそうだ。
弥生が嫁いだことは、どっかから耳に入ってきて知っとったが、庄屋へ嫁いでいったことはわからんかったみたいだったなぁ。
十月十日ちゅゃあ、生まれる。
もう、そんなにたったんだなぁと弥生たちは思ったらよ。
真っ赤い顔で、ふっくらしとって、弥生にそっくりな男の子だった。
ちょうど、五月のたんごの節句の時に生まれてな。そりゃぁ、もう大喜び。
それに、大騒ぎでなぁ、名前は「源太」元気な子になるようにとつけたんだそうでな。
名前のとおりに、すくすくとしとなったそうな。
ちょっと丸っこいもんで、ダルマのようにころころしてなぁ。
人見知りなんか、ちっともせん子で、みんなから「源太、源太」っていわれとったのよ。
こんなに幸福の中にいても、弥生は貧しい人のことを考えていた。
それは、あの村のことだったんだわ。
「あの村人を助けたいだ。どうしても。な。」
「不作だっちゅうでなあ。見に行ってくるかなあ。」
「うん、明日にでも………。」
庄屋だから、あの村の人みんなを助けるくらいのことはできた。
次の日、庄吉は村を見て帰ってきてなあ、
「すごかったぞ。もう三年目だそうだ。よくもったなあって思って見てきたなあ。」
「そんなに………。」
「ああ………。」
話は、トントン拍子で決まったそうな。
いろんなもんをそろえて、一週間の後には、村へ行ったそうだ。
娘は、一番最初にあの家へ行った。
「こんにちわー。」
「や、弥生じゃねえか?」
覚えていたんだよなー。
お互いな。もちろん村の人なんかは、弥生だなんて気づきもしなかったんだ。
でも、うわさが広まり、弥生だということが村人の間に知れわたってなあ。
みんなびっくりしたんだわ。
あたりまえだな。
ボサボサのおかっぱ頭に、かすりの着物。
そんな子が、いまでは、きれいに髪をゆいあげて、きれいな格好をして、いい娘になったなんてなあ。
村人は、どうすることもできんくてなあ、ただただ、おせわになっちゃったんだわ。
その時は、みんなそっけない表情で、ボーッとしていたようだったな。
「よかったなあ、みんな受けとってくれて。」
「うれしいよお。」
「でも、みんなそっけないな。人間が犬にごはんをくれたみたいに………。」
微笑んだ弥生の姿は、いかにも女神様のようだったなあ。
それから、半年がたったんかなあー。庄屋んちに、一人の村人がやってきたんだ。
「村から使いで来たんだけど、今度、村にお遊びに来てください。お礼がしたいんですので。ということですので。
では………。」
あまり、いいなれない言葉をつかったんだな。
そして、三日後に出かけたんだ。
村の人々は、それぞれに、手作りのプレゼントを持ちよってきてなあ。
みんなで、
「どうもすいません。そいで、どうも、ありがたかったです。」
といったんだ。弥生夫婦は、びっくりしてなあ。
「ありがとう。」
弥生の目には、涙がうかんでいてなあ、ビー玉のように、奥の方にきれいなもんがあってなあ、そりゃあもう、きれ
いだったわ。
それからは、村にも不作がなくなってなあ、よかったわ。
弥生の方も、また女の子が生まれ、てんてこまいだった。
この子は庄吉に似て、とっても愛想のいい顔つきでなあ。
「オギァー、オギャー。」
こんなかわいい泣き声や、源太の何語かわからんような話し声、それらに相手をする弥生の声。
それぞれが雲にのって、天にまいあがっていったそうな。
雪の花