一夜の出来事

 とんと昔の話じゃて、昔の話じゃもんでまだ夜川瀬がない頃の話じゃよ。

遠山にな、右近という若者がおった。右近は村一番の働き者だ
ったが、そ

の若者は村一番の貧しい農民じゃったんだよ。朝はようか
ら夜おそうまで

働いては、水団ばっかすすっていたんだ。そいだから
みんなに馬鹿にされ

て水団ていわれていたんだよ。それでも右近はお
こらんこ、せっせ、せっ

せと働いていたんだ。暑うなってみんなが木
影で休んどる時も、せみの泣き

声聞きながら働いとったんじゃよ。

 ある年のことだ。この村に米の取れん事があったんだ。今で言う凶作の事

だ。そりゃもうひでえもんで、稲は全部実る事なく枯れたんだ
った。「こり

ゃたまらん]ちゅうて、村の衆が立ち上がったんだ。

れを見ていた右近はな、最初のうち自分は米を、少ししか作ってねえで、

たいしたことはねえと思っていたんだけどな、だが皆の衆が困っ
とるのを見て

いてな、いても立ってもいられんようになってな、右近
もみんなのために少し

でも役に立つならと思ってな、一生懸命みんな
を助けるにはどうしたらいいか、

考えたんだ。

三日三晩も考えた末に、
疲れて眠ってしまったんだ。

 夢の中では、ヒゲの長い、いかにも仙人さまみたいな神様が出てきてな、

「おい、一回しか言わんで良く聞けよ。」といい、なんやら言い
始めたんだ。

「三日後に大洪水がおこるで、水をせきどめろ……」と
一回きり言って、

ぼんやり消えていったんだった。

「こりゃ話に聞い
た、夢神様だ。」と声に出し、水団は村の衆に伝えようと外に

出たんだ。

空はだんだん雲が出てきて朝というのに、太陽が顔をださんかった。

そのため、村の衆たちは、まだ働きに行っとらんかった。水団は一軒一軒の

家に行って「昨日の夜、神様がでてきて……」と細かく説明し
たんだ。

 最初のうちは村の衆も、信用してくれなんだが、あんまり水
団が真剣なんで、

水団を信用していったんだ。

 そんなことを、しているうちに夜になったんだ。

次の朝水団が起き
て外へ出てみると、雨が降っている中、村の衆が集まって来てい

たん
だった。

村の衆と水団は、なにか良い方法がないか、考えたが、みん
な貧しいもんだから

くわぐらいしか、役に立つものをもってなかった
んだ。

 「そうだ、岩勝力男さの所へお願いに行くだ。」と一人がいった。

勝力男さとは、村一番の金持ちで、村一番のがんこな、じいさんだったんだ。

みんな立ちあがり、みんなで力男さの家へ向かったのだった
が、

「馬鹿なことを考えるな。」と、おんだされてしまった。

 村の衆はしょうなし帰ったんだ。

その時水団が良い考えを思いつい
たんだった。

そいで水団はみんなに向かって、「おいみんな、力男さ
は、わしがなんとか、明日

までにするで。」といい、みんなを家に帰ら
せたんだ。

さっそく家に帰った水団は、何やら作り始めたんだった。

その夜のことだった雨の中、力男さの、この村で一番高いへいを、黒いもんがとび

こえたんだった。これまた、この村一番の家の中に入っ
て行くと、黒いもんは今度

は麻で作った長いヒゲをアゴにつけて、持
って来た白い、ぬのを体にまきつけて、

ス一っとじいさんの部屋へ入っ
て行きトントンと肩をたたいたんだ。

 じいさんが、あわてて目をあけてみると、なっなんと、話に聞いた神様が目の前

に居た。

「村の衆を助けてやれ。」と一言言って、じいさ
んの頭にふとんをかぶせて、

消えたんだ。

 次の朝、じいさんは昨夜のことを思い出し、いそいで、倉にあった、くわなどをか

してやっただ。みんなよろこび、仕事にかかっただ。

「山をくずして、川をせきどめるのがいい。」と一人だれかがいい出すと、「そうし

よう、そうしよう。」となり、山をけずり、川をせきどめ
ることになったんだ。みん

なは、さっそく、山をけずりはじめたんだ
った。

一生懸命やったかいがあり、大きな山が、こんもり川の真ん中
にできただ。それをみ

んなで川のはしとはしまで砂をきれいに、置い
たんだった。

 雨の中やったもんで、みんなどろだらけだったんだ。

「やったぁ。」


とみんな、川をせきどめられたことによろこんだ。

 だが、これからが問題だったんだ。

だんだん水かさが増えてくると、
「ちょろちょろ」と水がもうれ始めたんだ。

そしてあっという間に、

「ドカン」という音とともに、水がふき始めたんだ。

村の衆はがっか
りしてしまった。

 ところが、水と一諸にゴミもながれはじめ岩にぶつかり、ゴミがたまり水の向きを変え

てしまっただ。

そしてその水は、山をけずり、あ
っという問に、肥えた土地を、作った。

村の衆が、近寄り歓声をあげ、
喜んだんだ。

 雲がひき、川の水が少なくなり、おひさまが、久しぶりに顔を出した。みんなは、久し

ぶりの太陽を背に、今までとちがった、活気ある、
生活をしはじめたんだ。

ほらきこえてくるだろう、みんなの声が。

それから何年たったか、その年は、雨がちーともふらんで、畑がかれてしまったんだわ。お姫さまと、

おんなし病気にかかる者もたいへんおった。

 じんべいのとなりのうちの、じんごろーの娘も、その病気にかかってしまったんじゃ。

 じんごろーは、毎日あのおどうへ行っては、『娘の病気が、一日も早くなおりますように。』

ちゅって、おいのりしておったんじゃ。

 だけども、娘の病気は、なおらなんで、じんごろーんとうに、うつっちまったんだ。

 じんごろーも高い熱が出て、

『あー、水、水がほしい、みずをくれ。』

と、いつもいつも、ゆっとったんな。

 ある日。じんごろーは、おもい体をひきずるように、お堂へ、おまいりしたんじゃ。そのかえりになあ。

小さな木の切りかぶに、つまずいて、スッテン、とこけてしまったんじゃ。

『あー、もう立てねえ、おらあ、こんな場で死にたくねえによお。』

と、小声でゆうと、ねこんでしまったんだ。

『ん、しゃっこいなあ。』

 それから何時間したのか、じんごろーは、足がしゃっこいのにびっくりして、

起き上がったんじゃ。

『あれえ、水でないかやあ……。おお水だ。水が出たんだ。神さま。どうもありがとうございました。』

 じんごろーは、その水をすくって、娘んとこや、村の衆のとこへ持っていったんじゃ。

不思議なことに、その水を、一杯飲むと、みんな、ウソのように元気になっちまったんだよ。

 一杯水