髪そりギツネ

 昔、押出橋にキツネがいてなあ、旅人を何人もだましておったんだに。
その頃は、押出橋も大勢の旅人でにぎわっていて、いろんな人が通っていたんな。
急ぎ足きの女の人、ちょびひげに胸をはって歩いとる人、二人で楽しそうに話をしとる人。
よっぱらってヨロヨロ歩きの人、いろんな人が夜もたえることなくこの押出橋を通っとったんだに。

 それは、こういうことなんだわ。
一匹のキツネが山からおりてきて何か思いついたそうなんだわ。
その思いついたことというと、昔はだれも髪を切ってくれる人がおらんかったもんで、キツネは、
自分が人間に化けて大勢な旅人が通るこの橋で一つお金もうけをしようと考えておったんだわな。
 でも、いざやってみると、ガッポリとお金が入ってくるわけでもなかったもんで
「もう、こんな仕事やめてやるわ」
と思って、この橋でブラブラしておったら、またお金もうけのことが頭にうかんできたんよな。
でもそのお金もうけというのはな、前みたいにまじめにやることじゃなくて、この押出橋に通る
旅人をだますということだったんだに。その思いついたことをやり始めるとな、前やっとったや
り方よりも何倍も、お金ができるもんでな、おもしろがっていつもいつも旅人をだましておった
んだよな。で、その旅人をだましておったやり方というのはな、この橋を通る旅人を寄せつけると

「そこのお人、そんな髪じゃいい旅はできませんよ。ちょっと私んちによってみなさいよ。きっと
お気にめしますから。」

と、さっそく仕事にとりかかると、そのお客と話をしたりしてすっかり二人とも仲よくなってしま
ったんだわ。そのお客さんがすっかりいい気分になってくるとキツネがな

「はい、できましたよ。とってもきれいになりました。」
なんてことを言っている間にお客の持っていた荷物やお金を取ってしまったんだに。
 又、その客の髪は一本も切れていなかったんだってな。

そういうことを何度も何度もして旅人をだましておったんだに。

 そんなある日のこと、平福という一人の男の子が店でだんごを買って帰る途中、道端で女の人が苦
しそうにしておったんだわ。
それを見た平福はかけ寄ると

「どうしたんですか? どっか悪いんですか?」
「少し旅のつかれが出たらしく、おなかが痛くて、いままでここで、人の助けをまっていたのです。」
それを聞いた平福は、持っていただんごを全部女の人の前へ
「どうぞ、食べてください。」
とさし出すと、その女の人は礼を言って、あっというまに全部、一つ残らず食べてしまったんだに。
その様子を唖然と見ていた平福にその女の人は、

「あなたのおかげで、すっかり元気になりました。お礼にこれを。」
といってさし出した物が一枚の小判だったんだわ。
その平福は生まれて初めてふれた小判にとびあがって喜んだんだに。
その平福は、何度も何度もお礼を言って家に帰ったんだに。
 帰る途中おとしちゃいかんと思って、ふところにしまってだいじにかかえて帰ったんだに。
家に着くと、その平福の悟作じいさんに、家に帰る途中にあったことを話したんだわ。
平福は小さい頃、両親ともなくしてしまい、今では平福は悟作じいさんと二人仲よくしておってな、
その悟作じいさんが大好きだったんだわ。

そして話がすむと、ふところにだいじにしまっておいた小判を出そうと手の平にのせてみるとなァ、
なんとそれは小判じゃなくてただの石ころに変わっておったんだに。
二人ともびっくりしちゃって声も出んかったのよ。
平福は、今にも泣き出しそうな顔をしてションボリしておったのよな。
 そんな平福をかばうように、悟作じいさんはなぐさめてやったんだに。
悟作じいさんはなァ、これはあの橋におる悪ギツネのしわざだと思ってな、さっそくキツネ退治の用
意をしたのよな。そしてとうとうキツネ退治をする日がやってきたんだに。
その悟作じいさんのかっこうはな、旅人そのものだったんだわ。

「ちょっとおじいちゃ、出かけてくるでな。」
と平福に言うと、いせいよく歩き出したんだに。
その方向は押出橋に向いておったんだよな。
そして悟作じいさんは、わざとキツネの目にとまるようなふりをして歩いておったのよ。
とうとうキツネの目にとまったんだに。
そして

「そこのお人、そんな髪じゃいい旅はできませんよ。ちょっと私んちによってみなさいよ。きっとお気
にめしますから。」

「ええ、私も今迷っておったんですよ。じやおねがいします。」
と悟作じいさんも声を返してきたんだに。
おもしろいことに、キツネと悟作じいさんは思っとったより気があったのよな。
 でもな、悟作じいさんはけっして忘れんかったんよ、キツネ退治ということをな。
 

 長い時間がたって
「はい、できましたよ。とってもきれいになりました。」
と言いながら、悟作じいさんの荷物を取ってしまったんだわ。
わざと見ぬふりをして悟作じいさんは行ったのよな。
出て行ったのを確めると、さっそく荷物の中の物を出したんだに。
 ところがそれは、全部石ころだったんだに。
その様子を戸のすきまからのぞいとった悟作じいさんはな、なわをもって入りこんだんだわ。
あっという間に人間に化けたキッネをなわでぐるぐるまきにしたんだに。
そうすると今まで人間に化けていたキツネがとうとう正体を現わしたのよ。
そうして家の柱につけて何日もそのままにしておったのよな。

 その何日間というものの、悟作じいさんは悩んでいたのよ。
殺そうか、殺すまいかと。でもとうとう決心がついたんだに。
悟作じいさんは殺そうと決心したんだわ。
 ところがその様子を見ていた平福は、悟作じいさんのすきを見て、キツネを逃そうとしたんだに。
でも、ただで逃すと前との繰り返しなので、平福はキツネにこう言ったのよ。

「お前、もうあんな悪いことをしちゃあいかんよ。もしまたあんなことをしたら今度こそおじい
ちゃがお前を殺すぞ。おいらがおじいちゃにないしょでお前を逃してやるから、もうこんな所に
来ちゃあいかんぞ。山でみんなと仲よくくらすんだぞ………さあッ。」

 その様子を見ていた悟作じいさんは殺すのをやめてな、平福のやさしい心に打たれ、すがすが
しい気持ちでキツネを見とどけたんだに。

 そんなようなことがあってからな、この押出橋には前のような悪いキツネなんか出んくなった
んだに。

 でも、あの悟作じいさんと平福は、いつまでも髪そりキツネのことを忘れんことだろうな。

 かわらんべえとさよちゃん