きつねの結婚

 昔、むかし、遠山の山おくになぁ、兵六という男の人が住んでおってなぁ、その兵六ちゅうのはとってもやさしくて、だれからにも好かれとったんだって。
そんな兵六だから、うちの娘の婿になってくれんかという声があっちからもこっちからも入ってきて、その返事に大変いそがしかったんだって。
 
そんな兵六だったけどなぁ、実はもうすでに好きな女の人がいて、乙静というんだけど、又、この乙静も気立てがよくて、静かな人だったんだ。
この二人はなかなか仲がよくてなぁ、ちょくちょく会ってはいろんなことを話したりするんだって。
そんな二人を見て、みんなあきらめたそうで、あまり兵六の家にはこなくなったと。

 そんなある日、乙静と兵六が会うと、乙静のようすがどうもいつもとちがうということに兵六は気がついた。
声が少しガラガラで、いつも話す会話とはちがって山のことや、食べ物の話ばっかりしとった。

「うちの好きな食べ物はあぶらあげ………。」
「ほお、そおけぇ。」 
「それから………。」

「なあ、乙静もっとちがったこと話せねえだけぇ。」
「あっ、それじゃ山のことについて話すで、山には沢山の動物がいるがなぁ、とってもうちの仲よしなんだぁ、ほんでよく話したりなするが、とっても楽しいに。」
「おっおっ乙静、お前は動物と話したりすることができるんけぇ!?」
「えっ! ええまぁ。」
「ほぉ、……そりゃぶったまげたこってぇ。」
とまあ、いろんなことを話して二人は別れた。
 そんなある日なぁ、二人のおっ父や、おっ母が、このままじゃなんだで結婚させるべえなと言って、二人は結婚式をあげることになったんだ。
二人は、それはたいそう喜んだ。

 それから何日かたって結婚式をあげた。
みんな、大勢のしゅうが集まってなぁ、ワイワイガヤガヤやっておった。
乙静と兵六は、とっても幸せそうな顔をしとった。
だが乙静の顔が時間がたつにつれて、どんどん青白くなるし、顔はひきつってくるわで………。

とそのとたん乙静が逃げ出した。
兵六はビックリしてあとを追っかけた。
乙静は、それはもう足がはやくて、兵六には追いつけなかった。
が乙静が途中でズッコケて足をすりむいて、なんとかつかまえることができた。

何か理由があると思い、わけを聞こうとしたとたん、今まで乙静だったのが、なんとぶったまげたこって、それがきつねに変身した。
兵六はぶっ、ぶっ、ぶったまけたのなんのってもんではなかった。
こしがぬけよってからに、足はガタガタふるえるし、もうたまったもんじゃなかった。でも、兵六は、その状態から乙静、いや、きつねにわけを聞いた。
そしたらよ、そのきつねときたらなぁ、

「うち、兵六さんを好きになってしもうたんです。」
「なっ、何、このおれをけぇ。」
「だからあの時から、兵六さんの好きな乙静さんにばけていたんだども………。」 
「あの時、あの時というといつだったけなぁ、あの時、あの時、あの時、うんと、いつだったっけな。えっと、わかった。あの時け、ほれ何だそのたしかあれは………。」

「はい、あの時です。ほれ、うちが食べ物や山のことを話した時。」
「おお、思い出したずら、でもどうしておらなんか好きになったんけぇ。」

「お前さんを、いつもうち、かげで見とったがな、とってもよく働いて、ほんでもってみなのしゅうにはやさしいもんでなぁ、もう兵六さんが心にやきついて忘れられなくなってなぁ、そんなふうになってしもうてな、こんな気持ちをおさえきれなくなって、どうにかして、兵六さんと話がしたくてなぁ、山でばける練習をして、ほんで乙静さんにバケたんです。ところが、そんな所へ、結婚の話が入ってきたからこれはそろそろやばくなってきたと思ったけどなぁ、兵六さんの顔見るとなぁ、どうにもきり出せなくなってしまってなぁ、こりゃこまったと思ったけど、ついに今日まできてしまったんです。はい。」
「ほお、そんなワケがあったのけぇ……。おれを好きになってくれたのはうれしいけどな、やっぱ動物は動物、人間は人間どうしが一番ええんじゃ。おっおい! きつね! ところで、おらの乙静をどないした。おいきつねや、きつねどん答えてくれ!」
「………。」
「きつね様、おねがいします。」
「ちゃんと、生きています。うちが、毎日、毎日食べ物と水をはこんでやっていましたから。」 
これを聞いた兵六は、場所も聞かずにいちもくさんにかけて行った。

「この道を真っすぐ上っていくとほら穴があるが、その中に乙静さんはいるだよ!」
ときつねは、目になみだをうかべ、走りさって行く兵六にさけんだ。
「ありがとよ。」
兵六の返事がかえってきた。
きつねは、なみだを流しながら、どことなく消えていった。

 乙静さんは、兵六に助けられ、二人は、こんどこそ本当に結婚して幸せになった。 
それからというもの、きつねはたまたま、兵六の前に悲しそうな顔をしてあらわれるが、いつのまにか姿をけしたそうな。そんなきつねをみて兵六はかわいそうに思い、きつねの大好きなあぶらあげを山のほら穴の中に毎日はこんでやったんだ。

 そのあぶらあげはいつもいくたんびな、不思議になくなっとるんだと。


 くまだおし(池口)